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  • 投稿日時:2024/02/18
    これは今夜の我が家の夕食で出たおかず。長いもをすりおろして卵を落とした奴です。長芋、つまり山芋はれっきとした生薬です。山薬(さんやく)といいます。胃腸の薬であると共に八味地黄丸(はちみじおうがん)など老化防止の漢方薬によく配合されます。

    山芋、つまり山薬が老化防止作用があると考えられたきっかけは、おそらく迷信だったと思います。昔々、山芋が生薬になった頃は天然物、つまり今で言う自然薯だったのです。あの何年も経って土中深く真っ直ぐ下に張っている根は如何にも強靱で、これを食べたら精が付いて老化防止になるに違いないと考えたのでしょう。しかし今の山薬はほとんどが栽培品ですから、スーパーで売っている長芋と同じです。

    ところがですね。実は意外なことがあるのです。こうやってすりおろした長芋に卵を一つ混ぜると、このとろとろ感は脳卒中や認知症があって嚥下障害を持つお年寄りが誤嚥しないで飲み込むのに丁度良いのです。脳卒中などで嚥下中枢がやられると誤嚥を起こし、誤嚥性肺炎になります。そういう人が一番飲み込みやすいのがこう言う「とろとろ感」があるものなのです。ゼリーとかプリンとかムース状にしたものが工夫されていますが、長芋(山芋)を擦ったものはまさに格好の嚥下食です。芋ですから主成分はデンプンです。なんだデンプンかあ、じゃないのです。デンプンは炭水化物。炭水化物というのは簡単に言えば糖を繋げたものですから、高齢者の弱った胃腸でも簡単に消化吸収出来て糖に変わります。糖はエネルギー源です。

    つまりすりおろした山芋は要介護高齢者の食事として最適です。こうやって卵を一個落とせばタンパク質も補充出来ます。まさに昔の人が考えた通り、年寄りの精を付けるわけ。昔の人は自然薯のすごい生命力を覧て「老化防止になる」と考えたのでしょうが、現代老年医学の観点から見てもこれはフレイルな(体力が弱った)高齢者の格好な栄養源です。

    なお山芋は大きく言うとヤムイモの属、里芋はタロイモの属です。どちらも東アジア一帯に広く自生していますが、天然のタロイモ系は大方毒をもっています。栽培品は品種改良で毒をなくしているのですが、東南アジアの一部では毒があるタロイモを色々と工夫して毒を除き食用にするようです。しかしタロイモ系の芋はもともとが毒性をもつものがおおいので、生薬にはなっていません。漢方の元である中国伝統医学の生薬は毒を持ちながらうまく毒を減弱して薬として使うというのがいくつかあるのですが、タロイモ系統の毒芋を使わなくてもヤムイモ系の無毒な芋で充分滋養強壮になるから、あえてタロイモ系を生薬にはしなかったのだろうと思います。
  • 投稿日時:2024/02/17

    山菜の季節です。それで、山菜採りに長けた方はご存じと思いますが、漢方医としてご注意申し上げます。


    トリカブトというものが猛毒だというのはご存じの方が多いでしょう。ところがこのトリカブト、実はその辺の野山至る所に自生しています。そして厄介なのは、ニリンソウという美味しい山菜とトリカブトがほとんど区別が付かないという事です。無論山菜採りの名人なら見分けますが、素人はほぼ区別が付きません。


    ニリンソウはおひたしにするのです。ぐつぐつ煮込むものではない。ところが、おひたし程度の加熱ではトリカブトの毒は抜けないのです。それで例年ニリンソウと間違えてトリカブトを食べて毒に当たったという被害が起きます。


    トリカブトの毒はaconitine(アコニチン)です。アコニチンは充分加熱すると加水分解して毒性がなくなり、そうするとトリカブトは附子(ぶし)という生薬になります。痛みや冷えを改善するのに欠かせない生薬です。しかし附子は充分に加熱して毒性を除いたものであって、生のトリカブトをうっかり食べたら即死します。アコニチンはトリカブトという植物のあらゆる所に含まれているので、葉でも茎でも根でも、生、あるいは湯がいたとかおひたし程度の不十分な加熱ですと、死にます。本当の生ですと、葉っぱ一枚食べただけで死にます。


    白河附子というのがあって、これはほとんど加熱していないトリカブトです。鎮痛効果が高いというのですが、私は恐ろしいので使ったことがありません。みなさんに理解していただいたいのは、ニリンソウという無毒で美味しい山菜とトリカブトがほとんど見分けが付かないという事です。相当のプロでないと、この見分けは付きません。特にニリンソウが美味しい新芽の頃は、トリカブトとの鑑別は至難の業です。ですからニリンソウを見つけたという場合は、本当の玄人に良く鑑別して貰ってください。でないと・・・死にます。

  • 投稿日時:2024/02/13
    先日仙台から石巻に通勤途中、胸痛が起きたのです。それほど激しいものではありませんでしたが、私は高血圧と糖尿病を治療中ですから、どうしたって急性心筋梗塞が頭に浮かびます。クリニックに飛び込んですぐ看護師に心電図を撮って貰うと「微妙」。心電図の自動判定は「心筋梗塞の疑い、医師の判定を要する」でした。その医師である私が覧ても「どっちつかず」。ただちに日赤に電話、患者は自分で状況これこれと説明すると「ただちに救急車で」。すぐ救急車を依頼し日赤の救急外来に飛び込んだのです。


    すぐに心電図再検、緊急胸部造影CT、採血が行われ、その結果「急性心筋梗塞かどうかの診断をするには心臓カテーテルをやる必要があるが少なくとも一分一秒を争うわけでは無い」となり、危険な不整脈の患者さんの治療が優先されたわけです。真に合理的な判断です。


    その間4時間ほど、私は日赤の救急外来で色々なモニターを付けられて待機していました。急患が次々搬送されてきます。たくさんモニターがついてベッドで待機していたのですから正確に時間を計って数えていたわけではありませんが、「絶え間なく」急患が搬送されてきます。敢えて時間的表現を使うなら10分から15分おきに、と言う感覚です。私が寝ているベッドの右側に高齢の誤嚥性肺炎とおぼしき患者が搬入されてきたと思うと左には交通事故で骨折した患者が運び込まれる。これが4時間ばかりの間ひっきりなしでした。


    途中で様子を見に来てくれた救急のドクターに「いつも当院からの救急搬送でお世話になっていますが、しかしこれは凄まじいですね」と申し上げたらドクターがちょっと苦笑いしながらも大きく頷いて「いや、先生からの紹介はいつも初動検査をきちんとして戴いてデータを付けて送っていただくので当方は助かっています」と言って下さる。そりゃあれだけひっきりなしに急患が搬送されるのですから最低限のデータが有るか無いかは当然違うのでしょう。しかしあの状況で、医師も看護師もそれぞれの患者に対して居丈高にもならず、きちんと落ち着いて病状を説明している。私は思わず目頭が熱くなりました。


    これはものすごいことです。私はかつて坂総合病院、総合南東北病院という二つの救急病院で勤務したことがありますが、その私が覧ても石巻日赤ER(Emergency Room、救急室)は「ただ事では無い」という状況です。普通あの状況では、医師も看護師も患者には有無を言わせぬ切り口上で話を進めていきます。緊急を要する患者だけを相手にしているのですから、「患者様」なんて話にはなりません。それは日赤ERも同じですが、私が驚いたのはあれだけ立て続けに搬送されてくる救急患者に医師も看護師も極めて落ち着いた態度で接していたことでした。


    これは超絶技巧なのです。「火事だー」と言うときに落ち着いて、しかしよどみなく素早く人々を納得させ避難させるのと同じと考えればおわかり戴けるでしょう。あれほどの救急なら「命助けるだけで充分」の筈です。それを患者に対して落ち着いて、冷静に対応するというのは、まさに超絶技巧です。


    しかし心療内科をやっている私から覧れば、「日々これだけの超絶技巧を絶えずこなす医療チームが受けている精神的ストレスは如何に厳しいか」という見方にもなります。「これは、厳しい」と私は感じました。並の厳しさではありません。日赤救急外来は、一般の「限界」を遙かに超えたレベルで頑張っているのです。


    石巻市のみならず、石巻広域医療圏、つまり北は登米、気仙沼、南三陸、女川、東松島まで、「これは緊急」と判断された患者は全て石巻日赤が一手に引き受けています。地元医療機関はひとまずは受けますが、「手に負えぬ」と判断したらすぐ日赤に転送するしかないのです。石巻日赤が完全満床という連絡が入ったのはもう一年以上前です。それ以来、ずっと完全満床なのです。完全満床というのは退院患者がいないというのではありません。昨日一日で十数人を退院させたが、そのベットは昨日のうちに全て埋まって結局完全満床が続いているというのです。


    想像を絶する厳しさと言って良いです。あれで後どれくらい日赤が今の体制を維持出来るのか・・・。坂総合病院や総合南東北病院と言えば宮城県の代表的救急病院ですが、そこを経験した私ですら、この厳しさには息をのみました。
    噂に聞くのと自分が患者として現場で経験するのは大違いです。石巻日赤の救急が崩壊すればそれはすなわち石巻広域医療圏そのものが崩壊するのですが・・・ERの片隅で状況を見ているうちに、私は自分の胸痛などはどこかに忘れ、「これは何処まで維持出来るのだろうか」とそのことで頭がいっぱいになってしまったのでした。
  • 投稿日時:2024/02/08

    ある方が来院されました。中年男性。主訴は強い全身倦怠感と関節痛。熱はなし。外で仕事をする人で、真冬ですから体は冷えている。コロナ、インフルエンザ検査は陰性。普段は他の医院で高血圧の治療中。

     

    熱もない、喉も痛くない、咳もない、なんでもない風邪・・・ではあるのですが、私は患者さんにこう聞きました。

     

     

    あなたは最近かなり無理をしていますね?

     

     

    すると患者さんは、そうです、残業続きでかなり参っています、と言うわけです。

     

     

    そこで私はこう言いました。今のあなたは、おそらく「普通の風邪のウィルス」にかかっています。ところがあなたは残業残業で体力がヘトヘトだから、本来風邪をひけば熱が出るはずなのに出ない。熱がないから大丈夫じゃなくて、体力落ちてるから熱も出せないんです。私があなたの残った体力を一気にぐいっと持ち上げて風に対抗できるようにする漢方薬を出すから、これを熱湯で溶かして熱いまま飲みなさい。飲んだらそのまま寝ること。少なくとも今日は仕事に行っちゃダメ。おそらく、その漢方薬を飲むと熱が上がるかも知れません。それはそれでいいんです。漢方で体力を(漢方で言えば「気」ですが)をぐいっと持ち上げるから、本来風邪を引いた時に出るはずの熱が出るのです。しかしこれは一時的な処置です。体力を本当に回復させるには、養生しかない。どうにかして養生してください。そうでないと今度は本当にガタッときますよ。

     

    まあそうは言ってもお忙しいんでしょうから無理をされるんだろうと思いますが、こう言う風邪は漢方の目でみると、要注意なんです。

     

    ちなみに処方は桂枝湯(けいしとう)と麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)でした。

  • 投稿日時:2024/02/06

    みなさん「咳止めがない」ってご存知ですか?今、インフルエンザやコロナで咳がひどい人に咳止めを処方しても、薬局に咳止めがないのです。いくら処方箋で咳止めだしても薬局が問屋から買えないんですから、処方できない。

     

     

    同じ薬局で売ってる自費の咳止めは買えます。なぜ医療保険で処方する咳止めはなくて自費なら買えるのか。

     

     

    理由は単純です。医療保険で決められた咳止めの値段が安すぎる。

     

     

    保険診療ってのは、全ての値段が国によって決められています。薬の値段も全部国が決める。それで、一番代表的な咳止めアストミン一錠の値段が5.7円なんです。一錠5.7円で売れと言われたって、そんなに安くアストミン作れない。いくらジェネリックでも無理。飴玉一個だって5.7円じゃ買えないでしょう。製薬会社が「日本のアストミンの公定価格5.7円なんだけど、それでどうにかうちが利益出せるようにアストミンの原料売ってくれ」って中国の会社に頼んだら、あっさり断られたそうです。

     

     

    そりゃあそうでしょう。どっちも商売です。末端最終価格5.7円の薬で利益出るように原料買おうと言っても、原料売る側だって「そんな値段じゃとても売れない」ってことになります。

     

     

    実は咳止めだけではないです。大事な大事な抗生物質であるペニシリンも、インフルエンザの治療薬で小児用のタミフルドライシロップも、全然手に入りません。理由は同じ。国が公定価格下げすぎて、そんな安い値段じゃ作れない。原料買えない。

     

     

    安けりゃいいってもんじゃないんです。値段下げすぎて作れない、手に入らないんではどうにもなりません。ちなみに薬局で自費で咳止め買えるのは、薬局に置いてある薬の値段は国の公定価格じゃないので、ちゃんと利益が出せる値段で売ってるからです。

     

     

    医療費は安くと言ったって、限度があるんです。

  • 投稿日時:2024/02/03

    ネットには思わずひっくり返るようなトンデモ医学情報が溢れています。枇杷の種はガンに効くと熱心にFBで広めて回ってる人がいました。コロナは生物兵器だとか、コロナワクチンは暗号が仕組まれていて打ってしばらくすると死ぬんだとか、まあ、ねえ、ってやつです。

     

    医学や物理学について分かりもしないのにネットの断片的な情報を見て「ネットでこう書いてある」と数学者や物理学者にしたり顔に言ってのける素人はまずいない。私もそんなことは言わない。ところが医学になると何にも系統的に勉強していないのにネットで断片的な情報を見て「ネットでこう書いてある」と医者や医学者を相手にしたり顔で言う素人がやたらと多い。なんでこうなるのかなあと考えていてふと思いついたこと。

     

     

    数学や物理は学校で教える。それで大半の人は「自分には数学も物理もわからない」と言うことを思い知る。私もその一人。そこで「数学わかる、物理わかる、面白い」と言う人は本当に数学区や物理が理解できる人だから、そう言う人は数学や物理について素っ頓狂なことは言わない。そして99.999%は私も含め「数学や物理は自分にはわからない」と言うことを理解する。無知の知。

     

     

    文系もそう。漢文古典は言うに及ばず、現代国語だって「自分が日本語をかけて話せる」ことと「ちゃんとした小説を読めた理解したり書いたりできる能力は違う」と言うことを学ぶ。要するに学校教育で学ぶことは、「世の中の大半の学問、専門知識は自分にはわからない」と言うことを学ぶのだ。

     

     

    ところが医学は習わない。習わないから医学を学ぶのがどんなに大変かもわからない。医学も学校で教えれば「自分には医学なんかわからないのだ」と言うことをわかると思うんだが、習ったことがないから「自分にはわからない」ことが分からない。だからズブの素人がネットのわけわからない情報を見て、「自分は医者より医学がわかってる」とか言い出す。

     

     

    あなた方(私も含め)は物理や数学、漢文などなどに関しては無知の知を持ってるんだから、医学についてももちなさい。

  • 投稿日時:2024/02/02

    人間関係に悩んでますという患者さんに私がよく持ち出すのが、この「正規分布曲線」ってやつです。正規分布曲線の統計学的意味とかは、この際関係ないです。私が患者さんにいうのは、人間であれなんであれ、一定数が集まって集団になると大体こういう分布になるんです、ということです。

     

    それで、このグラフに三本薄い縦の線が描かれていますね。向かって左側の線の左側は、あなたと気があう人々を表しています。集団全体の中でそんなに多くはないけれど、自然に気があう人たちというのが必ず一定数います。これは気があうんですから仲良くすればいい。


    左の縦線と右側の縦線の間は盛り上がってます。集団の中で一番多い、「どうでもいい人たち」です。誰にとっても集団の大多数は「どうでもいい」んです。この人たちとは、当たり障りなく接しましょう。若い子が得意な「そだねー」でいいんです。この多数派を敵に回すと人生かなり苦しいので、そだねーで摩擦を作らない。


    向かって右の縦線の右側。これはあなたとは根本的に「合わない」人たちを表します。集団の中には、この「自分とはどこかどうしても合わない、馴染めない」人々がいます。どんな集団にもいます。理解しなくてはならないことは、この人たちは「悪い人たち」ではないのです。無論あなたからみるとこの人々はあーでこーで、やな感じなのですが、それはあくまで「あなたから見て」です。他の人から見たらその人は気が合う人だったり、どーでもいい人だったりします。


    ともかく集団というのは大体こういうふうになります。そして、向かって右側の「どうしても合わない人」との接し方で疲れてしまう訳です。だからこういう人に対する態度は基本的に「無視」。関わり合わない。無論関わり合わないと言っても職場だったりご近所だったりすれば、最低限事務的に連絡事項を伝えるということはあります。ですがそれ以上に関係を持たない。事務連絡するだけ。どうせこの人々とあなたは、何をどうやっても合わないんです。だからこの人たちとなんとかうまくやろうと思うなんて、無駄です。関わり合わないこと。


    しかしですね、この「合わない人」が職場の上司だとか、同僚だというのなら、別の対処法もあります。上司が明らかにパワハラをやってくる。でも直属の上司だから「関わり合わない」ができない。しかしこういう例は社内にコンプライアンスを担当する部署がある場合もあるでしょうし、当院で診断書を書けば職場が取り合わなくても労基署や弁護士に診断書とパワハラの記録を持って相談するとどうにかできます。パワハラというのは実は暴行罪なんです。パワハラという意図違法ではないというイメージがありますが、精神的に障害を受けても暴行罪。それであなたが打つ状態だの心因反応だとと言った精神的な病気の状態になれば傷害罪です。罪に問えます。


    同僚の言動がいちいち癪に触るというのがパワハラかどうかというのは微妙になります。どうしても嫌で嫌でたまらない同僚がいるのであれば、職場に配置転換を希望してその人と離してもらうのが一番です。当院に相談してくださればこの患者が職場復帰するには特定の人物と引き離す必要があるので人事に特段のご配慮をお願いしたい、と言った診断書を書きます。


    でもご近所付き合いとかだと、嫌なお隣さんがいても「引っ越してくれ」とかなかなか言えない。そういう時はこのグラフを思い出せばいいんです。合わない人とは関わらない。

  • 投稿日時:2024/01/30

    小さい頃からDVを受け続け18歳になり、あと2か月ちょっとで家を出られるという人が、「もう少しだ」と思ったのがきっかけなのか、メンタルを崩してしまった。何年も何年も耐えに耐えてきたのだが、ゴールが見えたところでふっと気が抜けてしまったのかもしれない。その人に、問わず語りにこんなことを語った。

    私の親の話をしたことがあったっけ?そうか、してないね。実は俺の両親ってのは、俺が12の時別居した。親父が二度目の浮気をして、家を出ていったんだ。船橋に家があったが、親父はその浮気相手と一緒に自分の実家がある静岡に移った。


    お袋は無論激怒したよ。あの父親はお前達を捨てた悪い奴だと、散々聞かされた。うん、まあ確かにあの親父は、父親として褒められた人間じゃ無かったな。

    あ、こんな話してもよかったのかな?君の具合が悪くて受診しているのに、俺の話して変だよね。

    患者さんが聞こうとする様子が窺えたので、話を続けた。

    まあそう言うわけで親父は俺が小学校卒業直前に家を出ていったんだけど、そうだねえ、中学校の時は一度も会わなかった。高校でね、僕はオーケストラ部に入ったんだよ。その三年生の卒業演奏会の時、親父が聴きに来たそうだ。直接会ってはいない。後で人から聞いた、うん。

    それから俺は一浪したんだね。一浪して東北大に受かった。そうしたら親父が「用事があるから東京に来い」というわけ。今は無くなっちゃったんだけど、赤坂プリンスホテルってのがあった。そこに呼ばれてね。

    部屋に入ったら親父がいて、テーブルにボンと100万円の札束を出したんだ。お前、これが欲しいか、って。大学の入学金、入学の時に払う学費、船橋から仙台に引っ越す費用からアパートの敷金礼金とかってやると、だいたい100万だ。そりゃ、欲しいと言った。そうしたら親父が紙を出してきて、「欲しいならこれにサインしろ」。

    長男として両親の離婚に同意するという文書だった。親父は弁護士だったから、そういうのは詳しかったわけだ。長男が文書で明白に離婚に同意していれば、離婚調停は圧倒的に有利だ。

    まあ、ねえ。こいつは、自分の息子の心を金で買うのかと思ったよ。そりゃ12の時家を出ていった親父で、私が大学に入ったんだから、そろそろ正式離婚の潮時ではあった。そんなことはこっちだって分かっていたさ。だけど100万の札束と見返りっていうのは、ねえ。

    悔しかったけど、その100万が無ければ大学入れないんだから、黙ってサインした。100万円を鞄に入れて、赤坂から船橋に帰ったよ。夜中だったな。自分は心を100万で親父に売ったんだという屈辱感は、ずっと拭えなかった。

    それで、話はだいぶワープして、俺がまあまあ普通の医者になった頃、親父が電話を寄越した。なんでも面倒な医療裁判で、保険会社が相手だから相談に乗れって訳。なんなんだこいつと思わないでは無かったが、その頃になってみると親父が一方的に悪かったんじゃ無い、お袋も相当責任があったんだというのが分かっていたので、そこそこ話に応じた。医学鑑定とか言うのを書いて、15万ぐらい貰った。その裁判は保険会社を相手取ったので、別にどこかの医者を追い詰める話じゃ無かったし、結局裁判では親父の弁護が通って保険会社が金を出したそうだから、15万は安いものだった。

    またワープする。あるとき、親父の奥さんから電話が来た。つまり親父が二度目に浮気した人だ。浮気ではあるが、それっきり親父はその人と所帯を持ったわけだ。なんですか?と思ったら、親父が呆けたんだそうだ。脳卒中で入院し、命を取り留めたはよいが、すっかり言うことがおかしい。その後何回か親父の様子を見に静岡に行ったよ。最初は脳卒中だったが、アルツハイマーも合併したんだね。医学的にはAD with CVD、混合型認知症だ。俺が静岡に行ったら、もう俺が誰かも分からなかった。デイサービスの職員だと思ったようだ。

    そりゃ俺は老年科医なんだから、こういう手合いは慣れてる。上手く話を合わせてデイサービスの職員になった。途中で親父の話が変わるから、病院の医者に早変わりしたり、ケアマネになってみたり、臨機応変だ。でもどうもその時の親父には、遠い仙台の地に長男が医者で暮らしているというのは思いつかなかったらしい。

    親父が死ぬまで何回か仙台から静岡に通った。何回か誤嚥性肺炎を起こしたあげく、やっと死んでくれたんだ。死ぬとき老人病院に入院していて、呼吸が止まったのになかなか心拍が止まらない。心電図モニターがフラットになってやっと止まったなーと思うとピクッと動く。40分ぐらい我慢していたけど、「もうよい」と言い放って心拍モニターを外させた。主治医呼んでくれ、と看護婦に命じて主治医に「呼吸は1時間前から停止しています、心拍モニター付けてると20分に一回ぐらい心拍が出るんですがもう結構です。死亡確認してください」とほとんど有無を言わさぬ語調で言って、死亡確認させた。それで親父が死んだわけだが、さすがに親父が死んだことはお袋に伝えるべきだろうと思ってお袋に電話した。そしたら電話口の向こうで「そうかい、お前を散々苦しめた男だけどね」と言いやがったからぶち切れた。

    ふざけるんじゃねえ!テメーらが勝手に喧嘩して俺と弟の人生めちゃくちゃにしたんだろうが!てめーなんぞ、死んじまえ!

    そう言って電話をぶち切って、3年ぐらいお袋とは話をしなかった。

    まあ、それでもさ、あなたに言いたいのは、今お袋さんと一緒にいるのが辛いんなら、電話はブロックして、ラインも連絡先消去してもいいんだよってことさ。君はあと3か月となって、ガードが破れてしまった。ふっと気が緩んだんだ。そこにおふくろさんがつけいってガーガー言うんだろ。ケータイブロックしろ、ラインも削除して良い。心配しなくていいんだ、実の親子ってものは、今関係を切ったって、どうせ何時かどういう形かは別にして、いずれ関係が戻るから。今3か月やそこらそのめちゃくちゃなお袋さんが耐えがたいなら、切っちまえ。心配要らない。いずれ、今とはまったく違う形ではあるだろうが、どのみち実の母子は関係が出来る。今君が耐えがたいなら、切って大丈夫だよ。

  • 投稿日時:2024/01/26

    先日石巻に大雪が降った。私が帰る時猛吹雪で、どうにかこうにか三陸道で仙台に戻った。ところが翌朝、クリニックの駐車場は綺麗に雪掻きされていた。私を含めクリニックのスタッフは誰もやっていない。2階のデイサービスの方でやってくれたのかと思ったら、デイサービスの方もやっていないという。誰かが朝、ズッポリと積もった雪を綺麗に履いてくれたのだ。近所の誰かなのだろうが、誰なのか全く分からない。ただただ、ありがたい。


    どなたかがこのクリニックのために黙って大雪を履いてくださった。ありがたいとしか、言いようがない。そしてそういう方がご近所にいるということは、ご近所のかたが私たちのクリニックを大切だ、支えようと思ってくださっているということだ。経営は苦しい。毎月苦しい。しかし私たちは努力しなければならぬ。怯んではならぬ。地域の皆様からこれからもあゆみ野クリニックは大切だと思っていただけるように、精魂込めて精進しなければならぬ。これからもこのクリニックは山あり谷あり、運営は多難だろう。しかし苦しい時は、今度のことを思い返すのだ。このご恩には、ただただ真面目に、真面目に診療を続ける他にお返しする方法がない。

     

    精進します。

  • 投稿日時:2024/01/26

    訪問介護の点数が減らされました。表向きの理由はあれこれありますが、要は在宅はコストが高いというのが本当の理由です。在宅はいずれハシゴを外しにくることは予測してました。在宅診療所あまりにも増えすぎてるし、質もかなりピンキリだし。


    しかし何より在宅というのは本質的には経済的に効率悪いはずです。だってどんな業種であれ、効率よくするには1箇所に集約化して数を集めて流れ作業でやる方が効率いいに決まってます。一つ一つ手作りより工場でライン組んでオートメーションで作業した方が効率がいいのは当たり前。在宅が安上がりだというのは家族の介護を経費0円と計算したからです。でも家族介護がほぼ不可能で、医療も介護も全部在宅サービスとなれば、どう考えたって施設介護よりコスト嵩む。だって施設に高齢者集めてラインで流したほうが一人一人自宅に人間が行って医療や介護するより確実に経済的には合理的ですから。


    もちろん在宅には住みなれた自分の家で医療や介護が受けられるという患者にとっての大きなメリットはあります。しかし国が在宅を推し進めた本音はそんなことじゃなかった。施設作れば金かかるから、家族に介護させよう。家族の介護は人件費タダだから、多少色々サービスつけてもその方が安いだろうというものだったはずです。でも家族の介護というものがもはやなりたたない以上、人件費タダで働く家族介護がないんだから、在宅はえらく不経済ということになるわけです。どう考えたって施設にみんな集めて介護した方が安い。


    在宅を推進した国の本音が経費削減であった以上、かえって経費が嵩むとなれば縮小に舵を切るのは当たり前です。

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