救急

2023/09/01

昨夜、相方手作りの晩飯を食べていました。あゆみ野クリニックは木曜日は午前のみの診療ですから、ちょっとあれこれ長引いたんですけど、相方が晩飯を作れました。実はウチの相方はあゆみ野クリニック事務長です。要するに家族経営です。相方を事務長にしてその分色々家の掛かりを彼の給料にしておくと、税金対策になるんです。


そうなんですが、相方はコンビニ業界で働いていた人です。医療はまったく素人です。ちょっと事務長っぽいことをやらせてみましたが、無理でした。やっぱりちっぽけなクリニックでも「事務長」というのはそれなりに医療という世界が分かっていて、しかも経理も出来、総務の経験もあり、と言う人でないと務まりません。


ところがですね。ウチの相方には、これまで私が思いも寄らなかった能力がありました。医療事務が出来るのです。


医療事務って、クリニックの窓口で受付したりお会計したりする仕事です。一見簡単そうに見えますが、実はかなり面倒です。まず患者さんの保険証の種類が違う。自己負担1割、2割、3割。小児だと「全額公費」ってのもあります。その話がメインではないのであっさり流しますが、ともかく医療事務はかなり面倒な仕事です。それが、ウチの相方は出来るんです。まったく未経験なのに、7月から突然始めて、どうにかこうにか窓口をこなしています。びっくり仰天であります。


その相方と、さっき晩飯を食っていたら、彼が何気なくこう言ったのです。
今日は発熱が多かった。受付終わっても問い合わせがいっぱいあった。


私箸を止めました。
「お前それどうした?」
「本日の受付は終わりましたと言ったよ」
「お前それダメや」。


相方はもちろんびっくりしました。医療のことは何も知らず、7月からいきなり事務長と言われ、どういうわけか窓口業務がこなせている相方にいきなり私が睨み付けて「それダメや」と言ったら、そりゃびっくりします。


それで、その後じっくり説明しました。ちょっと飯の途中だけど、これめちゃくちゃ大事だから、よく聞け、と言いました。


お前は事務だ。医療は知らない。知らなくていい。だがな、お前はクリニックという「医療機関」で働いている。ウチは個人のクリニックだ。民間だ。民間だけれども、医療機関というのは民間もクソもない、みんな公(おおやけ)のものなのだ。


相方はまだなに言われてるか分からないという顔をしています。


あのな、今日お前がクリニックにいた時、俺も残っていただろ?つまり医者がいたわけだ。医者がいる時、患者から問い合わせがあったら、ただちに全て医者に廻せ。もし医者がいなかったら、看護師に廻せ。その問い合わせにどう対応するかは、第一に医者、医者がいなければ看護師。事務長が「本日の受け付けは終了しました」と言って良いのは、医者も看護師もいない時だけだ、と説明したのです。


およそ美容外科以外、医療機関には全て「救急」があるんだぞ。誰か電話を掛けてきた。熱があるんです、腹が痛いんです、肩が痛いんです。それお前救急かそうでないか分かるか?


勿論相方は事務ですから「分からない」と言います。そりゃ分からないです。やっと医療の世界では一点は10円だと理解したばっかりですから。


その患者の訴えが救急かそうでないか判断するのは医療職の仕事です。医者である私がいれば医者の私。私がいなければ看護師。医者も看護師もいなかったら、その時は事務が「医者も看護師もいないので対応出来ません」と言って良いんだと言いました。


さっきから急に熱が上がりましたという電話があったそうです。それコロナですか?事務長に分かるわけがないです。いや、医者の私だって、来て貰って診察し、検査しなければ分かりません。しかし当院は、医者の私も二人の看護師も経験を積んでいます。若くてピチピチしてないのは申し訳ありませんが、その代わり場数を踏んでいます。電話で話をきいて「これやばい」とか、これ知らん顔したらマズいとか、逆に「ウチに来て貰う話じゃない。即刻救急車呼んで日赤に行かせろ」とかは分かります。


じゃあ歯が痛いと言ってもあんた呼ぶのか?と相方が聞きました。「そうだ」と答えました。


急性心筋梗塞。これは命に関わります。一刻の猶予もありません。しかし急性心筋梗塞はみんな胸が痛むのか?違います。肩が痛いという人もいます。歯が痛むという人もいるのです。


他科をおとしめていると思われては困るのですが、「肩が痛い」と言ってきた人に必ず心電図を取る整形外科は、そんなに無いです。歯が痛くなりましたと言って歯医者さんに行ったら、そもそも歯医者さんには心電図の機械がありません。口の中を見て、「虫歯はないです」となってしまいます。


そこが、あゆみ野クリニックみたいな「何でも屋の内科医」の仕事なのです。急に肩が痛いです、急に歯が痛み出しましたという患者さんに「とりあえず来て下さい」と言います。話を聞いて、高血圧や糖尿病がある、たばこ吸ってるとなれば心電図とります。いつもは看護師さんがやってくれますが、心電図ぐらい私も取れます。取って「やばっ!」となったら救急車です。心電図一枚ファックスすれば日赤だって仙石病院の循環器だって断りません。急性心筋梗塞の心電図所見は内科医全員知っていなければならないからです。


ただ残念ながら、心電図に所見が出ない急性心筋梗塞というのもあります。これは当院では判断つきません。でも判断つかない人は、搬送します。それで救急病院から文句言われることは無いです。患者さんはもしかしたら「なんでも無いのに救急車呼んで大騒ぎした」と陰で言うかも知れませんが、それは街の開業医である私にとってはどうでも良いのです。
ともかく、患者さんが時間外に何か電話してきた。たまたま医者がいた、看護師がいた。その時は事務が判断しちゃダメなんだという事を、さきほどコンコンと説明しました。それは、あゆみ野クリニックがどういう評判を受けるかとか、患者さんの受けがどうだとか、売り上げにどう繋がるのかとか、そう言う話じゃないんだと、医の根本なんだぞと話したのです。


もちろん診療時間外に事務がこういう電話が来てますと言ってきたら、私がものすごくいやな顔をするかも知れません。げっそりした口調で電話に出るかも知れません。看護師もそうでしょう。みんな人間ですからね。でもそれで怯むなってことです。院長の私がどんな顔をしようが、医者である私がいたら私に繋げろってことです。それで私が電話で話を聞いて、「これは内科じゃないな」とか「これは明日来て貰えばいい話だな」と判断したら、それは私の責任です。およそ医療に於いて責任を取れるのはまずは医者。医者がいなければ看護師。事務は責任取れないんだから、繋げってことです。
片田舎の町医者でも場末のビル診のクリニックでも「救急」は片時も忘れてはならないのです。


医者にとっても金儲けは大事です。めちゃくちゃ大事です。だって地方のクリニックって、潰れないことが最大の地域貢献ですから。だけど、医療機関を名乗る限り、もっと大事なこともあるんです。


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