つまづいた若者に

2023/12/22

当院心療内科には、人生で躓いた若い人がよくきます。この人もその一人。

 

数日前、ある若者が外来に受診した。その人は大学は出たものの、長患いをしてしまい、就職が2年ほど遅れたそうだ。しかしようやく病も癒えたので、仕事を探した。その人は工学系の学部を出た人だったから、原発の仕事なら自分の知識を活かせるかもしれないと思い、女川原発の関連企業に就職したそうだ。ところが原発の現場はその人が思い描いていたものとは全く違った。彼に割り当てられたのは、来る日も来る日もドラム缶を手作業で移動させる作業だった。原発にあるドラム缶の中身は、「知らぬが仏」というところだろう。

 

 

それで彼はすっかり体調を崩してしまい、仕事に行こうとすると動悸、吐き気、息苦しさが出るようになり当院を受診したというわけだ。

 

 

症状は要するに「心因反応」と呼ばれるもので、動悸がするから心電図を取るとか、そういうものではない。だがさて、この人になんと言おうかとしばらく考えた。その結果、私はこう言った。

 

 

さて、これから君に三つのことをいう。よく聞きなさいよ。

 

 

1。女川原発の現場というのは、人を人と思わぬところだ。原発の現場労働者は人間とみなされていない。単なる使い捨てのネジだ。当院にそういう原発の下請け労働者が健診にくるが、ああいうところの健診というのはなんと労働者の自腹だ。会社が金を出すのではない。そして検診で何か引っ掛かると、本人から必ず「それは書かないでくれ」と言われる。高血圧だろうが糖尿病だろうが、何か書かれてしまうと即クビになるからだ。つまりあそこの検診は労働者の健康を守るためではなく、「不良品」を弾くためにやるんだ。もちろん東北電力の正社員様は別扱いだがね。

 

2。君はせっかく大学を出たんだから、2年ほどのブランクがあるとはいえ、普通にまともな仕事に就きなさい。まともな職場というのは、人を人として扱う職場のことだ。女川原発がそうでないことは自分でわかっただろうが、まともでない職場というのは他にもいくらでもある。つまり人をネジだと思う職場だ。君はそうでない仕事をさがしなさい。

 

 

3。しかしながら、最後に言っておくが、どんな仕事でも(ここで口調をガラリと変えて)「楽な仕事なんざあ、ありゃあしねえよ」。仕事はなんであれ辛いものだ。特に下積みの間は辛抱するしかない。下積みの間にどれだけ苦労するかで、君の社会人としての一生が決まる。

 

 

と言って若者の顔を見た。そうしたら鬱々として入ってきた若者はパッと晴れたような顔をして、「よくわかりました」と言って席を立った。ついてきた親が(なんで20代に親がついてくるのか知らないが)「あの、お薬は?」というのを素知らぬ顔で、患者本人に「君の人生を切り開く薬なんてものはない。君が人生で頼りにするのは親でも薬でもない。君自身だ」と言ってのけた。若者はすっかり納得したようでさっさと診察室を出ていったから、親は今ひとつ納得いかないような顔だったが渋々出ていった。お説教代として「通院精神療法・初診」はいただいておいた。


PAGE TOP