漢方で体質改善の実例

2024/02/24

よく「漢方で体質改善してほしい」と言うご要望があります。それで、その一例をご紹介します。体質改善というのは薬用人参だなんだで体力を補うということではないのです。

 

山本巌先生が亡くなったのが2001年で、私が医者になったのが1990年だから、彼と私はおそらく東洋医学会全国総会の会場ロビーかどこかで何回かすれ違ったことがあるのだろう。しかし当時私は山本巌という人が如何に名医なのか全く知らなかったから、面識はなかった。

 

 

しかし色々と山本巌が遺したもの、あるいはそれを今残そうとしている人々の本を読むと、彼と私はどこかに通った治療をしているように感じる。

 

 

先日当院に「テストの時吐いてしまう」という高校2年生の男子が来た。2年生の2学期のテストからそういう症状が起きたという。それまでそういうことはなかったそうだ。しかし着いてきた母親に聞くと、彼は小さい頃からあまり集団に溶け込んで積極的に人と交わる性格ではなかったという。

 

 

望聞問切をした結果、私はこう言う治療をやることにした。

 

 

患者さんに次のように説明した。

 

 

これから漢方の治療をするから、君の治療を理解するために必要な最小限の漢方医学を説明するよ。もっとも僕の治療は日本式漢方と言うよりは中国伝統医学、中医学というものなんだけど、まあ聞いてくれ。

 

 

中医学では、人間の身体の中を三つのものが流れていると言うんだ。気、血、津液(しんえき)。このうち血というのは、面倒な議論を抜きにしたら血液と考えていい。津液というのも、「この概念はそもそもインドのアーユルヴェーダ医学から・・・」というような議論を抜きにしたら体液と思って良い。血液と体液は全身を巡っている。これは分かるね?

 

 

青年は頷いた。

 

 

さて、血液と体液は全身を巡っているが、どちらも物質だから、それが自ら巡る、動くという事はない。例えば今君の血液を採血したら試験管の中で血液が巡るという事はないわけだ。

 

 

若者、これも頷いた。

 

 

しかし体内では明らかに血も津液も巡っている。と言うことは、これらを巡らせるエネルギーがあるわけだ。これを気という。

 

 

彼はちょっと考えてから、再び頷いた。

 

 

気というものは基本的にはエネルギーだ。それも単に人体の中のエネルギーだけじゃない。君は生きている以上、呼吸をしたり飲食をしたりして、大自然のエネルギーを日々取り入れている。つまり自然界のエネルギーの一部が君の体内のエネルギーだ、分かるね?

 

 

彼はごく自然に頷いた。

 

 

だから気はエネルギーであり、これは人体の内外を絶えず巡っている。しかしだね。一方君という人体においては、常に様々な情報伝達が行われている。神経だけでなく、ホルモンだのペプタイドというアミノ酸が数個くっついたものだの、色々なものが体内で情報を伝えている。生物の授業で習ったと思うんだが、こういう情報伝達においてはATPと言うものが関係しているよね。ATPを分子から切り離すときにエネルギーが生じ、それによって情報伝達が行われるという授業を習ったかな?

 

 

彼はそれを習ったようだ。

 

 

つまり、情報伝達というものは常にエネルギーのやりとりだ。だから気がエネルギーである以上、こうした情報伝達も気と呼ばれる。気というものは、エネルギーであり、かつそのエネルギーを用いた情報伝達でもある。分かるかな?

 

 

彼は大きく頷いた。

 

 

さて、君を色々と診察した結果、君の体内では気、血、津液全てがどうもうまく巡っていないようだ。君がテストの度に吐き気を起こしてしまうのは西洋医学的には「心因反応」と言うんだが、その背景となる要因を中医学的に探った結果、どうやら君の体内ではこの気、血、津液が全て順調に巡っていないと私は考えている。それでいま、君に桂枝茯苓丸という薬を出す。

 

 

桂枝茯苓丸というのは普通女性に使われることが多い。月経不順や更年期障害でよく使われる。しかしこの漢方薬の生薬を考えれば、これは気、血、津液それぞれを巡らせるための薬なんだ。桂枝は気を巡らせる、茯苓は津液を巡らせる、桃仁、牡丹皮、芍薬は血を巡らせる(この一行は彼には説明しなかった)。だから私はまずこの薬で君の気、血、津液の巡りを正常にしていく。その上でテストが近くなったら吐き気を予防する薬を出す(とりあえず小半夏加茯苓湯を念頭に置いているが、茯苓飲合半夏厚朴湯でもいい)。こうやろうと思うんだが、どうだい?

 

 

母親から質問。「日常生活で気をつけることはありますか?」

 

 

「運動をしなさい。部活は何?新聞部か。それはとてもいいことだが、運動を日常的にした方が良いな。食べ物はあまりあれこれ気にしない方が良いよ」。

 

 

と言うわけで16歳男子に桂枝茯苓丸を出した。朝夕食後、一包ずつ。

 

 

体質改善というのはきちんと弁証してやるものだ。単に補剤を出せば良いわけではない。山本巌先生がこんな時何を出したのかは分からないが、おそらく山本先生がこの診療を知れば、「まあ、それでもいいよ」と言ってくれるのでは無いだろうか。


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