現代漢方が抱える矛盾

2024/08/19

この夏、コロナが再び大流行しています。ここ数年、私は漢方でコロナを治療してきました。ところが去年の夏頃から「どうもこのコロナ患者は、日本漢方では上手く行かない」と感じる患者が増え、今年の夏の流行ではそう言う「日本漢方では治療が難しいコロナ患者」が大多数を占めています。それは何故かという理由をご説明します。


漢方では、発熱を伴う感染症を大きく二種類に分けます。傷寒(しょうかん)と温病(うんびょう)。最大の違いは、最初の発熱に伴って悪寒(さむけ)すれば傷寒、悪熱(ほてりを感じる)すれば温病。


発熱と同時に寒気を感じる傷寒は古くから認識されて、有名な傷寒論という本に病態と治療法がきちんと纏められています。しかしこの夏のコロナのように、高熱が出ると同時に患者が暑い暑いと熱感を訴えるのは傷寒ではなく、温病です。


温病(うんびょう、ウェンビン)という概念はかなり古くからあったのですが、本格的に研究が進んだのは相当遅く、清代でした。清代に温病の病態、病気の進行の解析、治療法などが確立しました。その知識は、江戸時代後期から末期の日本にはほぼリアルタイムで伝わっていたのです。


しかし、日本が明治維新の時伝統医学を捨ててしまい、事実上我が国で伝統医学が途絶えた後、伝統医学の復興を試みた人々が、何故か傷寒論に非常に偏って重きを置く人々でした。彼らは古代の傷寒論こそが正しくて、中国の後世の医学は取るに足らないと看做したのです。それで、江戸末期までは温病学(うんびょうがく)も日本に伝わっていたのに、その知識は復活しませんでした。昭和の頃に漢方エキスが保険収載された頃もそうでしたから、今日本の保険適応漢方エキスには温病の治療薬がほとんど入っていません。しかも、今でも日本の漢方医学を代表すると自認する日本東洋医学会も、未だに傷寒論に偏った考えを持つ人が中心なのです。それで、今のコロナのように真夏に高熱が出て、患者は暑い暑いと苦しむ、まさに温病という場合に日本漢方のエキス処方では対応が極めて難しい。


本来なら、中国伝統医学が現代中医学に進歩し、多くの臨床的エビデンスが蓄積されるようになった今、そうした新しい処方(中成薬)もきちんと審査を経て我が国でも保険収載すべきだと私は考えています。しかし一度そういうことに手を付けると、昔エビデンスがないまま(と言っても昭和の頃の臨床研究なんか、手法からして未熟だったんですが)、当時の医師会長武見太郎の鶴の一声で150近い処方を保険収載したという「既得権」が揺らいでしまいます。どうして新しい中成薬はきちんとエビデンスを提出させて採用審査を受けるのに、現状の漢方エキスは一切エビデンスがないまま保険適応を続けるのかという話に、必ずなります。だから本当なら温病には新しい中成薬を保険審査して使うべきだと分かっているのに、製薬メーカーも国もやろうとしないし、中国のメーカーから見れば日本はやたら審査が厳しい割に市場としたら小さいから、敢えてそんな面倒はしません。東洋医学会が代表する日本の漢方医も、自分たちの小さな既得権を失いたくないから、そう言う話には背を向けます。


しかしこのままでは、まず今のコロナ患者を漢方では救えません。これは医療の本質に関わる、倫理上の大問題です。しかも、このまま手をこまねいていれば、日本だけが伝統医学の領域で世界に取り残されてしまいます。中国、韓国、日本で、それぞれの国の伝統医学領域に関する英論文が一番少ないのが日本です。


しかし、日本はそもそも、海外からの有用な情報は何でも取り入れて発展してきた国です。ところがどうして伝統医学の領域では、ごく一部の漢方医と漢方薬メーカーの既得権益にしがみついて、新しい中医学の成果を拒否するのでしょうか。その結果、コロナが伝統医学では治療出来ないという臨床的な問題が発生しているのです。


欧米の薬なら、一人分数億という薬ですら認可するのですから、中国のエビデンスがしっかりした中成薬は当然適切に審査して、保険適応すべきです。何故そうしないのでしょうか。


まったく理解に苦しむ話です。

 

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