冬虫夏草・・・真実はしばしば都合が悪い

2024/11/07

私は漢方薬を「きちんと科学的に」検証する仕事をやってきました。30歳ぐらいで社会人になってから60歳まで、30年はそれをやってきました。


真実というものは、かなり多くの人々にとって、都合が悪いのです。漢方薬の効果が科学的に証明出来るという事は、ある種の漢方薬は従来言われているような効果はないという事も証明出来るという事です。両者は裏腹です。だからこそ「漢方の名医」などと言われる連中は、漢方薬の科学的検証を嫌うのです。


例えば、漢方には「補う」という治療法があります。黄耆や人参は気を補い、当帰や芍薬、地黄は血を補い、麦門冬は津液(水)を補うと言います。


しかしながら、例えば貧血の人に当帰や芍薬、地黄を飲ませても赤血球も血色素も増えません。それより鉄剤を飲ませた方が効果的です。そこで漢方医が持ち出すのが、「血(けつ)」は必ずしも西洋医学の血液ではない、という理屈です。


それが完全に嘘だとは言いません。何故なら、例えば肌の色艶が悪く、元気がなく、手足が冷えるという女性に「当帰芍薬散」という漢方薬を飲ませると、著明に改善します。冷えなくなって元気になると言うわけです。しかしその人を採血しても、元々貧血ではないし、当帰芍薬散を1ヶ月飲ませても赤血球や血色素が増えるわけではありません。しかし漢方医はそういう患者の愁訴を聞いて、「どうやらこれは血虛だ。だから当帰芍薬散を投与すればよい」と考え、実際当帰芍薬散を投与すると1ヶ月ぐらいで上記のように患者さんは冷えが取れて元気になります。


そうなんだからそれでいいんだ、と言うのが大塚敬節流の「漢方は術だ」という連中です。しかし、「いや、西洋医学的に採血しても元々貧血ではないのに、冷えたり肌つやが悪く元気がない人に1ヶ月ほど当帰芍薬散を飲ませるとそういう症状が改善されて元気になる。それは事実だが、ではそれはいったいどういう病態がどの様に改善されたのだろうか」、と考えるのが科学者です。つまり、現実的な理由を考えるのです。採血しても貧血ではないのに身体が冷え、怠く肌の色艶が悪い。それはいったい何なのだろうか?そして当帰芍薬散はなにをどの様に変えるのだろうか。それを研究するのが、「漢方研究者」です。


まずは、「採血しても貧血ではないのに体が冷え、怠く、肌の色艶が悪い」という人を確実に診断するツールが必要です。名人でないと診断出来ないというのでは駄目なのです。そこそこに漢方を勉強した医者なら確実に一様に、誰でもほぼ同様にそれを「血虛」と診断出来るツールが必要。そして、そのツールを用いて、そういう患者に当帰芍薬散を使ったらそのツールで改善しました、というデータが必要です。その先に、「ではその病態はいったい何なのだ」という解析が可能になるのです。


西洋医学ではしばしば基礎が臨床に先んじると言いますが、あれも実は逆です。例えば歳を取ったら認知記憶能力が下がるという事を発見する。それは臨床医の仕事です。そういう現象がたまたまではなくかなり普遍的に起こるという事が確かめられて初めて「認知症」という概念が生まれ「ではその原因は何か」という基礎研究が可能になります。やはり臨床は大事なのです。臨床的に全く問題が無いことをいくら基礎医学者が「いや、こういう現象がある」と言っても、それは「どのみちそういうことが起きていても臨床上それは問題になりませんから」と言って無視されてしまいます。「臨床的にこういう問題がある」という所から医学研究というものはスタートするのです。そういう意味では、漢方や中医学も西洋医学も、同じなのです。


これまで「冷え症」というものは病気だと思われていませんでした。しかし東日本大震災の時、多くの人々が低体温症に苦しんだのです。私はその状況を間近にみてきた一人ですから、どうもあの震災を機にして「冷えるということは疾患だ」、という理解が拡がったように思います。何しろ低体温症は身体が異常に冷えて、循環障害をおこしたからです。


漢方薬には、激烈な効果を示すものがあります。生薬で言うと、麻黄、附子、細辛などは「なんとなくの思い込み」ではなく、実際血圧を上げたり、痛みや冷えを軽減する一方、加工や使い方を誤れば確実に副作用を起こします。また処方でも、例えば「急に足がつった」というとき「芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)」エキスを2包パッと飲むと、1,2分で攣りは収まります。こういうものは、なにも数千人を集めてランダム化比較臨床試験をする必要はありません。飲めばたちどころに効くのですから。その点、漢方の生薬はラベンダーやカモミールのような西洋ハーブとは桁違いです。無論西洋ハーブにもベラドンナやジギタリスのようにものすごい効果が出るものはありますが、全体としては漢方・中医学の生薬のほうが西洋ハーブに比べ「ものすごく効果が強い」ものが多い。そしてだからこそ、専門家が慎重に使わないと危ないのです。


一方、例えば冬虫夏草。これは滋養強壮の妙薬とされていますが、私はこれは怪しいと覧ています。そもそも冬虫夏草が何故高価な生薬になったかというと、秋に冬眠する昆虫が春には植物として生まれ変わるから、不老不死なんだというのです。しかし今では冬虫夏草というのは昆虫にキノコが付着し、冬眠している昆虫の身体を食い尽くして春にはキノコが生えるのだという事が分かっています。不老長寿どころではないのです。要するにこれは、思い込みです。真実というのは、確実に都合が悪いのです・・・ある人々にとっては。


日本漢方は生薬の知識を概ね中国伝統医学から得ていますが、その中国伝統医学の生薬の中には、極めて激烈な効果を持つものから冬虫夏草のようなおそらくは思い込みに過ぎないものまで、色々あるのです。中国って広いですから、例えば「防已(ぼうい)」のように同じ名前の生薬でも中国の各地で実は植物が違う、なんてことも普通に起きます。


だからそういうことをいちいち科学的に検証していくと、ある種の人々にとっては都合が悪いのです。冬虫夏草は極めて高値で売れますから。そういう人々は、中医学や漢方を科学的に検証することを嫌います・・・だから私を嫌うのです。


しかしそう言うことを確実に、一つ一つ確かめ、検証していかなくては、漢方にも中医学にも未来はありません。どうせ隠し続けることは出来ないのです。開き直りましょう。一つ一つ検証し、「これはたしかだ」ということを確定させなければなりません。それには、ものすごい労力が必要で、かつそうした努力の結果、例えばこれまで珍重され商売としては高値で売れていた冬虫夏草には実はなんの効果も無かったという事が分かるかも知れません。しかし、冬虫夏草が売れなくなっても、そういう努力を続ければ、確実に伝統医学は残ります・・・未来の医学として。
 

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