石巻あゆみ野駅前にあるあゆみ野クリニックでは漢方内科・高齢者医療・心療内科・一般内科診療を行っております。*現在訪問診療の新規受付はしておりません。
人間の動作と漢方薬「抑肝散」
2024/11/23
身体の動きには、能動的なものと反射的なものがあります。また反射的だが意識すれば能動的に動かせるものもあります。さらに、能動的な動きも実は細かな調整は意識ではやっていません。
能動的な運動、例えば歩いたり、こうしてキーボードで文字を打ったりすること。こういう動きをするとき、意識は「冷蔵庫に飲み物を取りに行こう」とか「これこれという文章を書こう」という事を考えます。ですが、実は「冷蔵庫の場所まで歩く」というのは殆ど小脳や大脳黒質による「錐体外路系」というシステムで自動調節されています。これが上手く行かなくなるのがパーキンソン病です。パーキンソン患者は末期になるまで認知機能は正常です(末期には認知症を伴い、要するにレビー小体病になります。レビー小体型認知症とパーキンソン病に伴う認知症は、最終的には同じものになります)。従って「これこれをしよう」という事は考えるのですが、実際にそれをしようとしても、手は震えるし足はふらつき、さっぱり自分の手も足も思うようには動かせません。つまり、能動的な運動と言ってもそれをスムーズに行うのは無意識の領域である「錐体外路」なのです。
自分の身体の動きでありながら全く自分の意識ではコントロール出来ないのは内臓の動きです。心臓には心臓そのものに拍動を調節するシステムがあり、これは自分の意識とは通常無関係に作動します。だから我々は「さあ、心臓の拍動を早めましょう、遅くしましょう」ということは出来ません。消化管の蠕動運動もそうです。しかし、そうでありながら、心(こころ)が緊張すると頻脈になるし、緊張すると下痢する人はたくさんいます(私もその一人)。つまりこうした無意識の運動も、自分の思い通りにはならないけれども心の影響を受けます。
一方、通常無意識な反射運動でありながら、意識でコントロールしようと思えば出来る、という運動もあります。例えば咀嚼、嚥下などです。通常我々は「さあこのブリの照り焼きを食べよう」とは思いますが、ブリの照り焼きを口に入れると、「さあこの切り身を噛みましょう」とは思いません。また「さあ、充分に咀嚼したから飲み込みましょう」とも思いません。口は勝手に噛み、適当なところまで噛んですりつぶすと舌や咽頭が勝手に嚥下反射をおこして嚥下します。適切に噛み、すりつぶすと舌や喉頭、咽頭が非常に巧緻な連係プレーで食べ物を嚥下し食道に送り、食道にものが入ると食道も自動的に蠕動運動をしながらそれを胃に送ります。これら全ては極めて巧緻な連係プレーですが、我々をそれを一切意識しないで行っています。
しかし通常無意識な反射で行われるこうした運動も、意識で制御しようとすれば出来ます。「さあ、これからこの切り身を噛みましょう、まず噛んだから次は奥歯ですりつぶしましょう、充分すりつぶしたから飲み込みましょう」というように、意識的にこれらを行うことは可能です。しかしながら、こうした動きも脳の一定の部位(大脳基底核など)に脳梗塞などの障害が生じると、噛もうと思っても噛めない、飲み込もうとしても上手く飲み込めない、と言うことになってしまいます。そういう時無理に飲み込んでも誤嚥して誤嚥性肺臓炎を起こします。
錐体外路系の中枢は大脳黒質という、ほんの小さな部位です。しかしここにドーパミンという、錐体外路系で作用する神経伝達物質を出す機能があるのです。それが出なくなる、あるいは不足するのがパーキンソン病ですが、どうして大脳黒質で分泌されるドーパミンが不足したり出なくなったりするのか、と言うところまでは未だによく分かっていません。ただドーパミンが不足するからこういう現象が起きるのだ、と言うところまでは分かっていますから、パーキンソン病の治療には外からドーパミンを薬物として入れる、あるいはドーパミンの働きを助ける物質を薬剤として入れるということをやります。
一方、統合失調症やアルツハイマー病・レビー小体病が進行した症例では、このドーパミンが過剰に分泌されるか(統合失調症)、セロトニンなど他の神経伝達物質とのバランスが崩れて(アルツハイマー病など)興奮、幻覚、妄想などを起こします。そこで、メジャートランキライザーと呼ばれる一群の薬剤でドーパミン系を遮断します。そうするとその様な症状は治まるのですが、当然副作用として薬剤性パーキンソン症状が起きてしまいます。その結果、特に高齢患者では誤嚥性肺炎や転倒・骨折が起きてしまいます。
ところが、ドーパミン系を抑制しないで認知症患者の興奮、幻覚、妄想を低減する方法があるのです。それは、グルタミン酸経路を抑制するという方法です。グルタミン酸も他の神経伝達物質とのバランスが崩れるとこうした興奮、幻覚、妄想などを引き起こします。だからドーパミン系を抑制する代わりにグルタミン酸系を抑制してこのような効果を引き出そうとしたのが抑肝散です・・・と言うのは嘘で、実は最初に抑肝散にこのような効果があるという事を私が臨床研究で証明し、それはいったいどのような薬理機序なのだろうかと基礎研究者が色々と研究した結果、抑肝散はドーパミン系を抑制せずグルタミン酸系を抑制することで、薬剤性パーキンソン症候群をおこさずに認知症患者の興奮、易怒、妄想、幻覚などを軽減出来るのだ、と分かったのです。
漢方というのは理屈じゃない、学問じゃない、技だという連中がいますが、実は全然そうじゃないんです。漢方医学は学問です。化学的にその薬理機序を研究し、明らかにすることが出来るのです。