患者なんか興味ないんだ

2025/01/13

まだ東北大の学生だった頃、私が憧れていた2歳上のゲイの親友(彼は私を親友として扱ってくれたが決して私の恋心は受け入れてくれなかった)とある安酒場で飲んでいたとき、


「俺は患者なんか興味ないんだ。人間が生きようが死のうが俺はどうだって良い。俺は脳の基礎研究がしたいんだ」。


と言った一言は、60になった今でも覚えている。記憶にあるのはその自分の言葉と、相手がK君だったということだけだが。K君はその時、黙って私の言葉を聞いていたが、今彼が何所でどうしているのか、私は全く知らない。


さて、結局私は人生において脳の研究に関わることにはなった。なぜなら認知症のBPSDに抑肝散や加味帰脾湯といった漢方薬が有効であることや、脳の嚥下反射、咳反射中枢が傷害されて生じる誤嚥性肺炎を半夏厚朴湯が減らすことなどを証明したからだ。


だから私はたしかに脳の研究をしたのだが、しかしそれら全ての研究は臨床研究が中心だった。臨床研究で効果が確認された漢方薬について「なにがどの様に作用しているのか」という研究は薬理学者にお願いしてやって貰ったが、自分が中心になってやった研究は全て臨床研究だった。


学生の頃、一切臨床に興味が無かった私が生涯臨床と臨床研究に打ち込むようになったきっかけが3つある。


一つは、坂総合病院で初期研修をしたとき、東北大の第二内科(今の腎・高血圧内科)が「どうしても血圧をコントロール出来ない」と言って紹介してきた患者の血圧を、坂病院の漢方医神久和先生が大柴胡湯一つでものの見事に下げたのを目の当たりにしたこと。


二つ目は、同じ坂病院の初期研修中訪問診療をしていて、「寝たきりの老人」として扱われていた人を、今長町病院の院長をなさっている水尻強志先生がリハビリテーション医学を学ぶために内地留学から帰ってきて診察し、ごく単純な装具を着けた途端、寝たきりだったはずの人がその装具を着けて隣家の友人に会いに行ったのをこの眼で見たこと。第三は、東北大学大学院に進み佐々木英忠教授(現・名誉教授)の薫陶を受けるようになってから、佐々木先生の「患者に教われ」という口癖を自然と身につけてからだ。


そんないくつかのきっかけがあって、元々脳の基礎研究にしか興味が無かった私が臨床家になり、臨床研究者になった。


まあその、学生時代までの若者の興味や理想は、全てなんでも「君、それは素晴らしいことだ!是非頑張り給え」と言えば良いのだ。その人はそのままその道を究めるかもしれないし、人生で何かを経験して全く別な道に行くかもしれない。


それは、どちらでもいいのだ。
 

PAGE TOP