石巻あゆみ野駅前にあるあゆみ野クリニックでは漢方内科・高齢者医療・心療内科・一般内科診療を行っております。*現在訪問診療の新規受付はしておりません。
介護の破綻
2025/03/13
当院の医療事務募集に、一人のケアマネが応募してきた。何所の誰かは知らない。40代女性のケアマネ、と言うことしか分からない。応募理由がただ一行
「ともかく早く今の仕事を辞めたい」。
実は、当院心療内科の患者にもたくさんのケアマネや、さらにその上まで行って介護業界の中心を担ってきた人々がいる。皆長年苦労に耐えに耐えてきたが、昨年国が行った「診療報酬大改訂」で介護保険の報酬があからさまに切られた結果、「介護」というのは業種としてなり立たなくなった。それまで、そもそも介護に情熱を燃やして頑張ってきた人々すら、あの診療報酬大改訂を突きつけられたら、「ああ、日本という国は介護は公的保険の対象にはしないのだな」と理解せざるを得なくなり、皆辞めている。
彼らの苦悩は深い。介護保険制度は1980年代に始まった。だから今介護業界の中堅にいる人々にとっては、物心ついて以来「介護」という業種は存在し、彼らはそれに生きがいを見いだしてきたのだ。ところが去年国が行った診療報酬大改訂は、要するに「介護保険というのは早々にやめます、介護は出来る人は勝手に個人がやってください、あるいは自費で頼んでください。公的保険制度としての介護はやりません」という宣言に等しかった。国というのはそう宣言しなくても、要するに保険の点数を動かせば、実質的に「そういうことです」と言えるのだ。
団塊の世代がこれから要介護に突入するのに、これだけ国力が落ちた日本が介護を公的に担保するなんて無理です。要介護の人は、自分にお金がないのであれば、そういう人生の結末を迎えてください。国は知りません。
去年の診療報酬大改訂の言わんとすることはまさにそういうことだった。だから今訪問診療からは多くの医者が撤退し、介護業界全体で撤収や破産が相次いでいる。しかし国にとってはそれこそまさに「狙い通り」であって、「今後介護に国は責任を持ちません」ということなわけだ。
通常なら、ニーズが増えれば産業は勃興する。ところが公的な金でやると、ニーズが増えすぎると「公的資金では対応出来ません」となり、「ニーズが多いから産業が潰れる」という事態が起きる。介護はまさにその実例である。
「ともかく早く今の仕事を辞めたい」。
実は、当院心療内科の患者にもたくさんのケアマネや、さらにその上まで行って介護業界の中心を担ってきた人々がいる。皆長年苦労に耐えに耐えてきたが、昨年国が行った「診療報酬大改訂」で介護保険の報酬があからさまに切られた結果、「介護」というのは業種としてなり立たなくなった。それまで、そもそも介護に情熱を燃やして頑張ってきた人々すら、あの診療報酬大改訂を突きつけられたら、「ああ、日本という国は介護は公的保険の対象にはしないのだな」と理解せざるを得なくなり、皆辞めている。
彼らの苦悩は深い。介護保険制度は1980年代に始まった。だから今介護業界の中堅にいる人々にとっては、物心ついて以来「介護」という業種は存在し、彼らはそれに生きがいを見いだしてきたのだ。ところが去年国が行った診療報酬大改訂は、要するに「介護保険というのは早々にやめます、介護は出来る人は勝手に個人がやってください、あるいは自費で頼んでください。公的保険制度としての介護はやりません」という宣言に等しかった。国というのはそう宣言しなくても、要するに保険の点数を動かせば、実質的に「そういうことです」と言えるのだ。
団塊の世代がこれから要介護に突入するのに、これだけ国力が落ちた日本が介護を公的に担保するなんて無理です。要介護の人は、自分にお金がないのであれば、そういう人生の結末を迎えてください。国は知りません。
去年の診療報酬大改訂の言わんとすることはまさにそういうことだった。だから今訪問診療からは多くの医者が撤退し、介護業界全体で撤収や破産が相次いでいる。しかし国にとってはそれこそまさに「狙い通り」であって、「今後介護に国は責任を持ちません」ということなわけだ。
通常なら、ニーズが増えれば産業は勃興する。ところが公的な金でやると、ニーズが増えすぎると「公的資金では対応出来ません」となり、「ニーズが多いから産業が潰れる」という事態が起きる。介護はまさにその実例である。