残業時間の上限と学ぶ意味

2025/03/19

「義務教育の誤解」

 

 

義務教育は、憲法第26条第2項と教育基本法に基づいて制度化されています。

 

 

【憲法第26条第2項】

  • すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う
  • 義務教育は、これを無償とする

【教育基本法】

  • 教育の目的と方針
  • 教育の機会均等
  • 9か年の義務教育
  • 男女共学や教育の政治・宗教ないし不当な支配からの独立

 

 

 

憲法でも教育基本法でも、義務教育の「義務」というのは、子どもが教育を受ける義務じゃありません。社会や親・家族などが、教育を受けたいと望む子どもに教育を受けさせる義務です。義務教育は、国や政府、保護者などが子どもに受けさせなければならない教育のことを指します。お前は学校に行きたいと言うがウチは貧しいんだから学校なんか行かないで働けというのは駄目だというのが「義務教育」です。

 

因みに憲法の条文に「子」ではなく「子女」とあります。何故でしょうか?それはこの日本国憲法が布告される前、女性はまさに子ども同様に不利不当な立場に置かれていたからです。教育を受ける権利について述べるなら、単に「子」でよかった。しかし当時の日本社会の実情を鑑み「子女」と書かれたのです。つまり今の日本国憲法は、当時の日本社会の実情を相当深く理解していた人々によって最終的に文面が決定されたのです。たたき台はアメリカ軍の誰かであったかも知れませんが、最終文面に至るまでは相当に国内で、国内情勢を深く理解していた人々が討議し、決定したという、これは一例です。

 

 

これが分かってない人が、子どもだけでなく親や教師も、やたらと多いのです。

 

 

何度でもくり返しますが、義務教育というのは、子どもが教育を受ける義務ではなく、教育を受けたいと望む子どもに親や社会が教育を受けされる義務です。

 

 

これを親が分かっていないことで、親子で衝突が起きて子どものメンタルが拗れるというケースは枚挙にいとまがないのです。「うちの子が学校に行かない」と言って子どもを引きずってくる親の大半がこの誤解をしています。

 

 

さらに。

 

 

教育を受けさせる義務というのは、小中学校に行かせる義務ではありません。何故なら「教育を受ける機会」を与えればよいのであって、それは小中学校で無くても良いのです。塾でも良いし、フリースクールでも良いし、自学自習でも良いんです。要するに「学びたい」という子どもに「ウチは金がないんだからお前は働け」とか、「女なんか教育の必要は無い、家事裁縫が出来れば良いんだ」とか、そういうのはダメだ、と言うのが「義務教育」です。

 

 

登校拒否で引きずってこられた親子に私が必ず説明するのは、一つには上記のことですが、もう一つは「学ぶという事と学校の試験で良い成績を取るというのは全く違う」、と言うことです。

 

 

学校の試験というのは、鎌倉幕府はいつ出来たとか、神聖ローマ皇帝の名前とか、あれやこれやです。子どもの中には正面切って「こんなこと勉強して将来何になるの?」と訊く子がいます。

 

 

まさにその通りです。鎌倉幕府の成立年代とか、神聖ローマ皇帝の名前なんか、連れてきた親も、医者の私も忘れています。そもそも鎌倉幕府の成立年代は最近10年ほどの間、日本史の学会でも議論が起きています。

 

 

そうだよ、とその子の問いを肯定しながら、私はこう言う話をします。

 

 

今君は13歳、中一だね。13歳は子どもだが、今の法律では18歳から成人、つまり「一人前の大人」と扱われる。ところが、あるときここにこう言う患者が来たんだ。その患者は高校を卒業してすぐとある会社に勤めた。ところが勤め始めてすぐ精神を病んで、出勤出来なくなったという。

 

 

彼(男性でした)に私はこう聞いたんだ。君の会社の出勤と退勤の時間は?

 

 

すると彼はこう答えた。朝は8時半で退勤は夕方5時半です。

 

 

なるほど、それで、君が毎日実際に仕事が終わって会社から帰れる時間は何時?

 

 

だいたい夜の0時頃です。

 

 

そうか、では、夕方5時半から0時までは何時間か、君のスマホに電卓機能があるはずだから計算してご覧。

 

 

彼はスマホを取り出しました。ちょっと苦労しましたが、どうにか計算は出来ました。

 

 

「1日6.5時間です」。

 

 

そもそもこの計算が出来ない人がいます。深夜0時は24時で、だからこの計算はつまり24-17.5と計算するんだという事が分からない若者が多いのです。そうなると、自分の残業時間すら計算出来ません。しかしその子は、どうにかそれは計算出来ました。

 

 

「なるほど、1日6.5時間残業しているんだね。では1ヶ月の出勤日数をざっくり20日として、1ヶ月の残業日数は?」

 

 

それは6.5×20=130。つまり彼は毎月130時間以上残業させられていました。

 

 

「じゃあ次に君のスマホで法定残業時間の上限」とググってご覧、と言いました。

 

 

法定残業時間は36協定を結んでいても基本月に45時間、年間360時間までです。もしその会社に労働組合などがなく、36協定自体がなければ、時間外労働そのものが違法になります。

 

 

その若者は、そこで眼をまん丸くしました。そして力なく

 

 

「でも先輩達がウチの会社はホワイトだと言っています」というのです。それで私はこう言ってやりました。

 

 

「君の会社はホワイトでもブラックでもない。単に違法なんだ」。

 

 

こういう事例が、掃いて捨てるほどあるのです。そもそも時間外労働についての知識がない。もっと酷い人だと、スマホの電卓で17時半の終業時間から夜中0時まで残業させられているのは何時間の残業なのか、電卓を前にしても計算出来ない、つまり夜中0時というのが24時で、24-17.5という計算をすれば良いのだという事すら分からない労働者が山ほどいるのです。

 

 

この子にはこういう事例を話し、そもそも「時間外労働の上限は法律で決まっている」という知識を日本語で読んで学べるぐらいの国語の知識とか、夜中0時が24時であって、退社時間が夕方5時半なら、自分の残業時間は24-17.5という計算をすれば分かるんだという算数・数学の知識がないと、月130時間という度外れた残業で心を病んでいるのに自分の心の病気の原因が分からなくなる。だからそう言う国語や数学の知識は必要だろ?と話したら納得しました。

 

 

これまで鎌倉幕府が出来た年とか、神聖ローマ帝国の皇帝の名前を試験で出されて、「学校の勉強なんかなんの意味があるの?」と親に散々聞いても親も答えられなかった。しかしこういう実例を出したら「そうか、そういう知識は将来自分が社会で生きていくために絶対必要なのだ」と理解したわけです。親ですら、こういう知識は知りませんでした。残業時間の上限って、初めて聴きましたって訳。

 

 

これが私の「診療」なのです。薬なんか一つも出していません。

 

 

「君の問いの答えはこれだよ」

 

 

 

と言うのが治療です。

 

 

検査もしないし薬も出さないから、金にならんのです。問題はそこなんだけどね。


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