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  • 投稿日時:2024/04/23
    糖尿病の薬の中にアルファグルコシダーゼ阻害薬と言われるグループがあります。ボグリボース(ベイスン®)、アカルボース(グルコバイ®)、ミグリトール(セイブル®)などです。しかしこのグループの薬を、私は一回も使ったことがない。なぜならこのグループの薬は「食直前」だからです。よその内科でこの手の薬を出されている患者さんにお薬手帳を示して「この食直前の薬って、飲めてます?」と聞くとほとんどの人が「たまには飲んでます」程度な訳。主治医にはいわないが別の医者になら正直に言えるんです。大量に余ってるでしょう?と聞くと、だいたい余ってます。こういう薬は、いくら理論的には有効でも、実臨床では意味がありません。だってほとんどの人が「たまに」ぐらいしか飲んでないんだから。同じ理由で、私は漢方薬も基本食後で出すのです。食前なんか、みんな忘れるんだから。
     
  • 投稿日時:2024/04/12

    ある20代女性が当院心療内科に受診されました。出勤しようとすると動悸、眩暈、突然涙が出る・・・典型的な「心因反応」です。その方が抱える問題の本質は仕事のストレスだったのですが、あることをきっかけにして一気に体調を崩してしまったといいます。

     

     

    その方は、ピアノを習っているのです。ほんの趣味、というのではなく、小さい頃から本気でやっているそうです。それで、とある有名な全国大会に今年で3年連続出場した。ところが今年、同じピアノ教室から初めて全国大会出場した2人が入賞したのに、その方は入賞できなかったというのです。どうもそれがきっかけに、長年溜まったストレスが一気に出てしまったのではないか、とご本人がいうわけ。

     

     

    なるほど、と私はいいました。あなたはまだ20代です。無論、そういう年頃では他人と競争します。私だって若い頃、大学で医学研究者だった頃は一生懸命競争しました。あいつの研究は論文になったのに俺の研究はなかなか進まない、あっちはものすごくハイレベルのジャーナルに論文が載ったのに俺の論文はレベルの低いジャーナルにしか載らなかった。色々悔しい思いをしました。しかし、本当に競争する相手は他人じゃないです、ご自分と競争しなさい。来年の全国大会の時は、今年のあなたより高みを目指すんです。

     

     

    患者さんは頷きましたが、まだ納得したような顔ではありません。そこで私は話を続けました。

     

     

    ピアノをおやりになるのですから、リヒテルとギレリスはご存知ですね?

     

     

    彼女は頷きました。

     

     

    あの2人はほとんど同世代です。しかも同門でした。2人ともものすごい天才ピアニスト。しかしギレリスにとっては、どんなに努力してもどうしてもリヒテルに敵わないというのが終生負目だったそうです。

     

    その方はどうやらそのことをご存知だったようです。私は話を続けました。

     

     

    昔、リヒテルを生で聴いたことがあります。その頃もう彼はあまり大作は弾かなくなっていました。確かリストの小品だったと思うけど、曲ががどんどん高音に向かって行く部分がありましてね、パパポパパパーンと一気に駆け上がって行くんだが、その時一瞬私は音がどこまでもどこまで高く登って行くような幻想に囚われたんだ。無限の高みに昇って行くようだった。リヒテルは本当に凄かった。

     

     

    若い方ですから、リヒテルを生で聴いたことはなかったようですが、さすがピアニスト、私の話を真剣に聞き始めました。

     

    ある時、リヒテルは「私は嫉妬という感情がわからない」と言ったそうだ。もしそれをギレリスが聞いたら、さぞ地団駄踏んで悔しがっただろう。

     

     

    しかし、ギレリスの晩年、と言ってもあの人はそんなに長生きしたわけじゃないんだが、ともかく彼の晩年、ベートーヴェンの後期のピアノソナタを何曲か録音している。30番、31番あたりのね。それはもう、本当に素晴らしいものだ。確かリヒテルも30番を録音しているはずだが(若干うろ覚えで話した)、あれは明らかにギレリスの方が優っている。無論、技術を比べているんじゃないですよ、音楽としてね、ギレリスの演奏はついにリヒテルに優った。

     

     

    想像だが、おそらくその頃になってギレリスはついにリヒテルに張り合うのをやめたんだと思う。ひたすら自分のベートーヴェンを弾いたんだ。おそらく彼は自分の体が弱っているのはわかっていたと思う。そういう中で、きっと彼は自分とベートーヴェンの楽譜だけに向き合ったんだろうね。もはや彼の中には自分とリヒテル、という感覚は消え失せたんだと思う。あの音源が今手に入るかどうかわからないが、ぜひ探して聴いてご覧なさい。そりゃあ素晴らしいものだ。

     

     

    彼女は今度こそ深く頷いて帰って行きました。

     

     

     

     

     

  • 投稿日時:2024/04/12
    中国の伝説的な名医に、華陀(かだ)と扁鵲(へんじゃく)という二人がいます。扁鵲は、実在の人物だった可能性が高い。何故なら司馬遷が史記に彼の伝記を書いているからです。史記は疑わしいことは載せていません。よくよく検証して、たしかにこれは現実にあったことだ、実在の人物だという事項だけを載せているので有名な歴史書ですから、今に伝わる扁鵲にたくさんの逸話や伝説がくっついているにしろ、その元となった名医はいたはずです。

    華陀は後漢の末、三国志時代の幕開けごろの人で、魏の曹操に睨まれて殺されたという記録が残っています。しかし華陀にも色々な逸話や伝説が乗っかって、どこまでが華陀本人の話かどうかはわかりません。

    華陀は三兄弟の末っ子でした。三兄弟は皆医者でしたが、華陀が一番有名。あるとき王様が「お前達兄弟は皆医者だそうだが、有名なのはお前だけだ。お前の二人の兄はどういう診療をしているのか?」と華陀に尋ねたそうです。華陀の答えはこうでした。

    長兄は人々を健康に保ちます。だから誰も長兄が医者だと気がつきません。次兄は病気が軽い内に治してしまいます。だから人々は次兄のことを「軽い病気を治す医者だ」と思っています。私は病が重くなってから治すので皆が名医だと言いますが、本当はそうではないのです。

    王は大いに納得したそうです。

    無論重い病を治す華陀は名医です。しかし医者がもっと一生懸命取り組むべきことは、まず人々を健康に保つこと、次には軽い内に治すこと。重くなってから治療するのは最後だというのがこの逸話の意味です。だから私はこれから、人々を健康に保ち、もし病気になっても軽い内に治してしまう医者を目指そうというわけです。
  • 投稿日時:2024/04/11

    あゆみ野クリニックの患者数がなかなか増えません。「どうやって患者を増やしたらいいか」毎日悩んでいました。ところがそれをFace bookでつぶやいたら「あなたは医者でしょう。医者が患者、つまり病人を増やす方法を考えるって、変ですよ」。と言われたのです。「医者は人々を健康にするのが仕事ではないのですか」というわけ。

     

    それで私はハッと気がつきました。「医者は人々を健康にするのが仕事」、まさに正論です。

     

    医者の仕事は二つあるのです。人々の健康を保つことと、病気になった人を治すこと。むろん何をどうやってもこの世から病気が消えるわけではないから、「病気になった人を治す」のは医者の大事な仕事です。しかし「人々を病気にしない、人々の健康を保つ」というのは、もっと大事な仕事のはずです。

     

     

    ある70歳の方が外来に見えました。これまで健診で血圧が高いと言われていたがなんにも生活上困らないので放っていた。しかし今度南アメリカの古代文明の遺跡を見に行くことにしたので、長いフライトだし、遺跡は高地にあるんだから、血圧の治療をした方がいいと思って来院した、というのです。

     

     

    70歳というのは、今なら「とてもお年寄り」ではないかもしれませんが、「若者」とはいえないでしょう。しかしその人は全くお元気で、何しろ片道30時間以上かけて飛行機を乗り継ぎ、南米のインカやマヤの遺跡を見に行くんだ、というのです。

     

     

    その人に高血圧の薬を出すためには、その人に「高血圧症」という病名をつけなければなりません。保険診療で「病気の診断治療」にしか保険は認められないからです。その人は「高血圧症の患者」だから降圧剤を出します、というのは保険が通ります。

     

     

    その人は2ヶ月後に外来に見えました。無事南米の旅から戻られたのです。遺跡は素晴らしかったそうです。でも今度はまた海外に行きたいから、血圧の治療は続けることにすると言われました。

     

     

    しかしその70歳の方を診察して、私は考え込んでしまったのです。この人は70歳だがまことにお元気で、30時間以上も飛行機に乗って南米の古代文明の遺跡を見に行った。元気一杯じゃないか。この人って「病人」だろうか?無論その人の血圧は高かったので降圧剤は出したのですが、どうもこういう人を「病気」とか「病人」というのは変だぞ、と思いました。

     

     

    つい最近、別の方が来院されました。健診で肝機能が悪いと言われたと言います。それでまあ、病院行ってこいとなったわけですが、その方はまだ20代。元気一杯の男性です。毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭するそうです。フィアンセがお弁当を持たせてくれますが、時にはその方がフィアンセのために食事を作ることもあると。

     

     

    まさに「健康そのもの」です。その方の採血をし、肝機能を確かめ、確かに数値が若干上がっていることを確認し、その原因を調べるために色々検査した結果、私の診断は「脂肪肝」でした。フィアンセの手作りのお弁当はおそらくとても健康的なものなのだろうと思いましたが、何しろ20代でお若いのですから、食欲は旺盛です。運動量は十分ですが、それ以上に食べているようです。

     

    この人は医学的には「脂肪肝」という疾患を持っている「病人」となってしまいます。でもちょっと待ってください。毎日元気に仕事をし、週末はバトミントンに励む元気いっぱいの「病人」・・・。なんか変じゃありませんか?

     

     

    病人って、どういう人を思い浮かべます。熱があって咳がする、喉も痛い。これは病人です。突然胸痛が起き、意識も朦朧として救急車で運ばれら心筋梗塞だった。これはもちろん、病人ですね。急に半身不随になって呂律が回らなくなり、救急搬送されたら脳卒中だった。これはもちろん病人です。

     

     

    しかし検査で調べたら脂肪肝であることがわかったが、毎日バリバリお仕事をし、バトミントンが趣味で週末は3時間ぐらいバトミントンに没頭する元気一杯の20代の「病人」。うーん、ちょっと「病人」というイメージではないでしょう。

     

     

    ところが、脂肪肝というのは、昔はあまり大したことがないものと思われていましたが、今では放っておくと脂肪肝から肝硬変という状態になり、肝臓の機能が非常に悪くなるだけでなく、肝臓がんを起こすことがあるということがわかってきました。大変な話だ、というわけです。しかし現在、脂肪肝を治す薬というのは確定していません。つい最近アメリカ医学会雑誌(JAMA)という有名な医学雑誌に「アスピリンが脂肪肝を改善させた」という小規模の臨床研究が載りました。小規模ですが、脂肪肝を改善させたという初めてのデータでしたからJAMAのような一流医学雑誌が載せた。しかしその論文の著者たちも言っているように、その研究はまだ初歩的なものです。もっと大規模な、かつ長期間の研究をやらないと本当のところはわからないでしょう。

     

     

    しかし脂肪肝というものが実は放っておくと肝硬変やら肝臓癌やらを起こすというのであれば、これはどうにかしないといかん、という認識を世界中の内科医が持っているわけです。しかしここで紹介したように、ほとんど全ての脂肪肝の方は「病人」のイメージからは程遠い。

     

     

    こういうのを漢方や中国伝統医学(中医学)では「未病」というのです。血圧が高い、肝臓に脂肪が溜まっているというだけなら、未だ(いまだ)病気ではない。しかしなんらかの対応をしないといつかは病気を起こす。未だ病気ではないがきちんと対応する必要があるから未病というのです。高血圧や脂肪肝、糖尿病などというのは皆中医学的には「未病」です。でも未病だから放っておいていいのではなく、放っておけば病気になってしまうから、対処をしましょうということです。生活習慣を見直しましょう、それでもダメなら降圧剤などの薬も使いましょう・・・。これらは病気を治療するのではない、未病を治療するのです。

     

     

    高齢者の孤独、なんてのも未病です。孤独がどうして未病かって?孤独な高齢者は認知症になりやすいことはきちんとしたデータが揃っています。運動が足らない高齢者も認知症になりやすい。これもきちんとしたデータがあります。中国の気功(中国のお年寄りが朝広場でやるやつ)は高齢者の年齢からくる衰えや認知症予防に良いという研究報告はたくさんあります。あれは高齢者に適したゆっくりした全身を使う有酸素運動ですし、毎朝みんなで集まれば孤独も防げる。無論健康に良いわわけです。

     

    私自身、今年の8月で60になります。今はまだ60歳は高齢者の仲間に入れてもらえませんが、昔でいえば還暦を迎えるのです。還暦を迎えた医者は、急性奇病の治療ももちろんやれる範囲でやりますが、主に未病の治療に力を注ごう。今私はそう考えています。

     

  • 投稿日時:2024/04/09

    友人が数人突然自分から離れてしまった。それで学校に行くと吐き気がするという中学生に。


    これは非常に古い仏典だ。仏教はインドで生まれたものだが、インドの犀は角が一つなんだ。それをイメージしているんだがね。


    あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況(いわん)や朋友(ほうゆう)をや。犀(さい)の角のようにただ独り歩め。


    交わりをしたならば愛情が生じる。愛情にしたがってこの苦しみが起こる。愛情から禍い(わざわい)の生じることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。


    朋友・親友に憐れみをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。


    もしも汝が、<賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者>を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め。


    つまり、その友人たちがあなたから離れてしまったということは、その人たちはあなたの本当の友達ではなかったということだ。だからそういう人々に憐れみを掛け、心がほだされると、自分が苦しむ。そういう人は相手にせず、自分をしっかり保っていなさい。自分をしっかり保っていれば、いつかはあなたにとって本当に大切な友人と出会うだろう。そういう人は、一生大切にしなさい。そうでなければ、自分をしっかり保っていればそれでよろしい。


    中学生は頷いた。治療は終了した。

  • 投稿日時:2024/04/05

    ある患者さんが100の言葉より数字ですよね、というから、そうとは限りませんよと説明しました。その方は理系のお仕事をされてるからそう思っていらしたのかもしれませんが。

     

     

    高血圧かどうかは血圧という数字を見ることが必要です。糖尿病かどうかも血糖値やHbA1cという数値で見ていきます。肝機能が悪い、腎機能が悪い。これも数字が決め手になります。

     

     

    しかしある時、夜よく眠れない、何度も目が覚めてそれっきり熟眠できない、だから日中は眠気が酷く仕事に差し支えが出ているという方がきました。いろいろお話を伺うと鬱状態もありそうです。

     

    しかしふっと私は「奥さんから夜寝ている間いびきをかいていると言われませんか?」と聞いたのです。するとその方は、いびきをかくと言われます。しかも自分のいびきで目が覚めることもあると言ったのです。

     

     

    そうなれば医者の頭の中に一本のルートがつながるわけです。「この人は鬱もあるかもしれないが、睡眠時無呼吸症候群でもこの人の症状は説明可能だ。その検査をしよう」となります。

     

     

    無論睡眠時無呼吸症候群かどうかは検査してみて、数値で判断します。しかしその可能性を思いつくのは、数字じゃない。不眠、中途覚醒、日中の眠気と言われた時「いびきをかきますか」というのはそれを聞ける医者と思い付かない医者がいるわけ。それで患者が「いびきをかく」と言えばそりゃ大抵の医者が睡眠時無呼吸症候群を考えるでしょうが、そこで「いびきをかくか」と聞こうと考え付かなければ診断には至らないわけです。それは患者さんの愁訴をよく聞いて、色々鑑別診断を頭の中に思い浮かべながら「ふむ。じゃあいびきについて聞いてみよう」となるかどうかです。

     

     

    ちなみに検査値は時に克明に物事を語りますが、全く何も反映しないこともあります。以前老人病院に勤めていた時、たまたまある高齢の方が亡くなりました。何の前触れもなく朝看護師が回診したら亡くなっていたのです。非常な高齢でしたから、死因は老衰としました。ところがこの方は、たまたま毎月一回の定期採血を、その亡くなる2日前にやっていました。それをみたら、全ての数値が正常値でした。採血データで言えば、「全くの健康」。しかしの方は2日後には亡くなったのです。この場合は、採血データは一切何も物語ってはいなかったのです。そういうことも、あるんです。

     

     

  • 投稿日時:2024/04/03

    昨日当院発熱外来に来た方。38℃以上の高熱ですが、同時に水様性の下痢をしていました。抗原定性検査はコロナ、インフルエンザとも陰性。


    たしかに、コロナでも下痢を伴う場合はあります。しかしその人は今のコロナではほぼ100%近くともなうはずの咽頭痛がなかった。症状は主にその下痢だったのです。だから私は昨日の段階で、「これはコロナじゃないな、なんらかの感染性腸炎だ」と考え、御本人には「これはコロナやインフルエンザではありません。何かの感染症による腸炎です。ウィルスも細菌も胃腸炎を起こしますが、胃腸炎はどのみち半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)という漢方薬で治ってしまうことが多いから、今日は半夏瀉心湯を出しますが、細菌かウィルスかの判断は必要だから採血します」と言って採血しました。


    その結果が今朝返ってきて、白血球増加、とくに好中球という細菌感染の時に増加する白血球が大幅に増えていたので、私は「なるほど、これは細菌感染による腸炎だ。しかし今日症状がどうなっているか確認しよう」と思い本人に電話しました。そうしたら下痢はもう治まり、熱も下がったと。


    腸炎ではこういうケースは良くあります。細菌感染だからと言って必ず抗生物質を使わなければならないわけではないのです。ともかく大量に水を飲み、大量に下痢をすることで腸管を洗い流してしまえば腸炎は治ります。


    いや、半夏瀉心湯は必要なのかって?無論、EBMに厳格な先生方はそこを攻撃します。細菌性胃腸炎は大量に飲水して下痢すれば治ることが多いのだから、その症例を持って半夏瀉心湯が有効とは言えない。


    それはそうなんです。別に半夏瀉心湯を出さなくてもその人は治ったかも知れません。しかしそう言うタカビーなことを言えるのは大病院の専門医であって開業医じゃないんです。大病院の消化器専門医なら「エビデンスがありませんから水飲んでなさい」と言えます。そう言われた患者は二度とその病院には行かないと思いますが、一従業員、雇われの医者に過ぎない厳格なEBMerの医者は患者が一人病院から離れたって何も心配ありません。しかし開業医にとってそれは死活問題です。「あんなに下痢で苦しんだのに、何か偉そうなことを言って薬一つ出さなかった」という噂が広まれば、あるいはグーグルにそんな口コミが書き込まれたら、即倒産の危機です。


    そういう細菌性腸炎に安易に抗生物質を出すべきではありません。不要な抗生物質を出してはいけない。いたずらに多剤耐性菌を作るだけですから。しかし半夏瀉心湯は昔からそういう感染性腸炎に使われてきた薬であって、ウィルス性だろうが細菌性だろうが患者は治るのですから、別に出しても構わないわけです。


    やかましいEBMerは大抵勤務医です。勤務医は自分が勤務する病院の患者が減ろうがどうなろうが責任取らなくて良いから、いくらでも好きなことを言います。しかし私は「細菌性腸炎でも抗生物質は必ずしも必要ではない」という知識と「ウィルス性でも細菌性でも半夏瀉心湯を飲ませればおおよそは治る・・・それが偶然かどうかは別にして」という知識を合わせて、とりあえず半夏瀉心湯を出します。そして採血し、その結果細菌性だと分かれば患者に電話して容態を聞く。それで患者がだいぶよくなりましたと言えば、それでいいんです。下痢も止まり熱も下がっているのに「いや採血データによればあなたは細菌性の腸炎だから抗生物質を処方します」なんてのは野暮です。治っちゃっているんですから結果オーライ。昨日の薬が効きましたね、今後も何かありましたらどうぞ。それでいい。


    私もだいぶ、丸くなったんです。

  • 投稿日時:2024/03/27

    先日、小さい頃「軽度知的障害」と認定されたが決まった主治医がおらず、18歳になって児童相談所の手から離れるので再度医師の診断が必要だという若者が来ました。お母さんが一緒でした。

     

     

    二言三言本人と話をしてみましたが極めて普通の会話が可能です。そこで私は彼(男性だった)に

     

    「2地点の柱状図から鍵層を使って地層のつながりを見出すとともに、その領域における地層の傾きを求めよ」

     

    という文章を読ませ、これが理解できるかと尋ねました。彼は首を横に振りました。それでお母さんに「あなたはこの文章を理解できますか?」と尋ねたところ、お母さんも首を傾げ、さっぱりわからない、という顔です。

     

     

    そこで私は、「無論この文章は分からなくてよろしい。なぜなら私だって分からないからね」と言いました。そしてやおら本人のスマホを取り出させ、では「柱状図とは」でググってご覧、と言ったのです。ご本人ググりました。「いくつか見つかりました」というから、じゃあ簡単そうなのをみてご覧、と促したのです。彼は2つほど分かりやすそうな説明サイトを読んだので、私は「さて、柱状図とはなんですか」と質問したのです。

     

    「地層を切り出したもののことなんですね」

    「そうです。では鍵層とはなんですか?」

    また彼はしばらくググりました。

    「わかりました。鍵層というのは火山の噴火や時代が特定できる化石などが含まれていて、その地層の年代を知ることができる地層のことです」。

     

     

    その通りです。今日、初診の時点ではありますが、私はあなたを軽度知的障害とは診断できません。「適応障害」なら診断してもいいですが。

     

     

    するとお母さんが困った顔をしました。

    「先生、この子は軽度知的障害と認定されていて障害者年金がおり、またこのほど障害者枠で就職が決まったんです。障がい者とは診断できないということでしょうか」と言われます。

     

     

    私も、適応障害が障がい者認定に当てはまるかどうか、その規則まではよく知りません。自動相談所に聞いてみてください、と言って一旦帰しました。後日適応障害でも障がい者認定は可能という返事がきましたけど。

     

    帰りがけ、お母さんに、さっきの問題、どのレベルだと思います?と聞いたらお母さん「大学受験ぐらいですか?」というので、違います、中学校一年生で教えることになっていますと説明したらお母さん目をまんまるくして驚いちゃった。

     

     

    ですからあなたのお子さんは、きちんとご本人に適したやり方で物事を教えてあげればきちんと理解できるはずだと私は思います。しかしこんな内容を一つのクラスに何十人も中学1年生を集めて教えたって理解できるはずがありません。つまりこの方はそういう異常な教育環境には適応できないという意味で「適応障害」とは診断できますが、「軽度知的障害」という診断は難しいと私は思いますよ。

     

     

    そう説明したらお母さん、何か長年の胸の痞が取れたような顔で帰っていきました。

  • 投稿日時:2024/03/18

    たまには気楽な思い出話を。

     

    ボルシチ。ロシア語でБорщ、ウクライナ語でборщ。Б(ベー)はб(ベー)の大文字というだけですから、要するに綴りは同じ。発音も同じです。「ボールシシ」に近い発音です。ロシア語もウクライナ語もアクセントが強いところが長く発音されるのです。


    ここに載せたのは我が家の相方特製ですが、ちゃんとビーツを使って赤色を出し、スメタナ(サワークリーム)を載せた本格的なものです。以前はクリスマスイブの夜に毎年作る習慣がありましたが、今ではもう私も相方も歳ですから、なかなかボールシシを食べるのも面倒になってしまいました。これは「少量作る」というのは難しいものです。

    ボールシシについては忘れ難い思い出があります。医学部を卒業し、医師国家試験を終えた私は、仙台からYS-11で新潟に行き、そこからアエロフロート便でハバーロフスクに飛びました。国家試験の自己採点は散々で、私は「ああ、俺はもうダメだ。いっそレニングラード(当時)音楽院に行ってあの大ホールでレニングラードフィルの演奏を聴いたら北海に身投げしよう」と思ったのです(マジです)。当時ソビエト時代はウラジオストク(Владивосток,ヴラヂヴァストーク)には外国人は入れませんでしたから、ハバーロフスクが東の玄関でした。そこで一泊し、アムール側を見てからシベリア鉄道の特急ロシア号に乗ったのです。ハバーロフスクからマスクヴァまでは6泊7日ですが、途中バイカル湖畔のイルクーツクで2泊しました。


    このシベリア鉄道の道中で忘れ難い思い出はいくつもあるのですが、その一つが車内の食事です。無論、レストランカーがあります。席に着くと、やおらボーイが分厚いメニューを持ってきます。ものすごく分厚いのです。ロシア語と英語で表記されていました。それで私はその分厚いメニューを眺めて、「これとこれをください」と言いました。そうしたらボーイの答えが「ニェーイェスチ」、ありませんです。じゃあこれをください・・・答えは同じ「ニェーイェスチ」。要するにメニューは分厚いけど、どの料理もないんです。


    私は諦めて「シトー・イェスチ?」、何があるの?と訊きました。そうしたら実際にあるものはボールシシと黒パンだけだったのです。他は全てニェーイェスチ。

    ロシア号の食堂車で出てきたボールシシはこんな色々具が入ったものではありませんでした。どういうわけか、牛肉は入っていました。それとじゃがいも。毎日毎日朝昼晩、食堂車で出て来るのはもうこれだけなんです。ある時たまりかねて「ヤー・ハチュー・オーヴァシシ」(野菜が食べたい!)と叫んだらなんとボーイが「ダー・イェスチ」(はい、ありますよ)、と答えたではありませんか。期待に胸を弾ませた私に運ばれてきたのは、ご飯。ロシアで米(リース)は野菜だというのは、確か以前書いたような気がします。


    でも実は食堂車にはボールシシと黒パンしかなくても、食べ物にはあまり困りませんでした。途中止まる駅ごとにおばちゃんたちがペリメーニ(ロシア風水餃子)やピローグ(愛称はピローシキ)を売り歩いていたからです。ついでにヴォートゥカも。

     

    ソビエトがロシアになり、ボールシシすら「ロシア料理だ」、「いや本家はウクライナだ」と争いに巻き込まれてしまいましたが、1日も早くмир(ミール)、平和が訪れて欲しいものです。

     

  • 投稿日時:2024/03/18

    ご存じの通り、あゆみ野クリニックは漢方内科があります。漢方内科があると言っても要するに医者は私一人ですから、色々な患者さんに対して私が西洋医学と漢方医学を併用して治療するのです。どういうわけか私の脳はそこがデュアルモードで働きまして、目の前の患者さんに西洋医学と漢方医学、正確に言いますと中医学(中国伝統医学)なんですが、その二つの医学が同時回転します。


    この記事を書いているのは令和6年3月18日です。3月16日、つまり一昨日の土曜日、10日に38度に発熱し、翌日11日に近医内科で検査を受けてコロナ、インフルエンザとも陰性だったという患者さんが来ました。16日に当院で検査をしたらインフルエンザBが陽性。でもそれは11日に検査した内科医院が不適切だったという事ではないです。10日は日曜日でした。患者さんは翌日月曜日にその医院を受診し、抗原定性検査でコロナもインフルエンザも陰性だったのです。だからそこでは解熱剤のカロナールだけが出されました。検査で陰性ですから、タミフルやイナビルのようなインフルエンザウィルスに対する薬は出しにくい。だからとりあえずウィルス感染症とみてカロナールのような一般的解熱鎮痛薬が処方されたのです。これは、誠に適切な対応であり、私も同じようにするでしょう。


    ところがその人の熱は下がりませんでした。カロナールを飲むと多少下がりますが、薬が切れるとまた38度近くに上がります。それでその方は16日にあゆみ野クリニックに見えました。抗原定性検査をしたら、B型インフルエンザでした。10日に発熱し、11日の他院の検査ではコロナもインフルエンザも陰性でしたが、今日当院で検査したらインフルエンザBだったということです。


    それは、そういうこともあるのです。あの検査は陽性は当てになりますが、陰性はちょいちょい外します。本当は新型コロナなんだが、あるいはインフルエンザなんだが、たまたま検査で陰性というのは、実は珍しくありません。その患者さんはその一人だったのです。


    しかし、その方が発熱したのが10日で、16日にまだ38度の熱が続くというのはあまりない話です。成人のインフルエンザで38℃以上が6日間続くというのはそうそうない現象です。


    考えた末、私はその患者さんにN95という医療従事者が付ける特殊なマスクをしていただき、院内に入れてレントゲンと採血をしました。採血は院外の発熱外来でも出来ますが、レントゲンは院内でしか出来ないからです。N95マスクというのはウィルス粒子ですら通さないという特殊なマスクで、当院で発熱外来の患者さんに対応するとき私を含めスタッフ全員がこのマスクを付けます。因みに普通のマスクは新型コロナ感染予防にはまったく無意味です・・・。


    それで結局、レントゲンの結果その人は肺炎ではありませんでした。レントゲンで肺炎ではないことが確認出来たので、私は頭を漢方に切り替えたのです。


    傷寒論(しょうかんろん)という非常に古い、いつ頃編まれたか分からないほど(伝説では後漢末、西暦2世紀頃とされます)古い中国の古代医学書に小柴胡湯(しょうさいことう)という処方が記載されています。傷寒論曰わく
    「傷寒五、六日、中風、往来寒熱、胸脇苦満、その他その他の所見があれば小柴胡湯之を主る。ただし全ての症状が揃わなくてもよい」。


    感染症を患い五,六日経って、熱が上がり下がりするときは小柴胡湯を使え、他に色々症状を伴うが、それは全て揃わなくてもよいと言うのです。この患者さんはまさにこれに当て嵌まっていたので、私は小柴胡湯を処方しました。しかし私の脳の半分が「細菌感染の可能性も考えろ」と言いましたので、採血もしました。患者さんには「もしこの採血で白血球やCRPと言った炎症反応がガバッと上がっていたらそれは細菌感染症と言うことだからペニシリンを処方します。しかし今日診察した限りでは細菌感染による肺炎などの所見はないので、まず漢方医学に従って小柴胡湯を出します。月曜日に採血結果が出ますから再来してください」と告げたのです。

    この方は今日18日に再来され、小柴胡湯を三日飲んだら熱は綺麗に下がったそうです。採血結果も問題ありませんでした。


    私の中医学・西洋医学併用療法というのはこう言うようなものです。漢方に通暁した医者は大抵こう言う診療をするのですが、「日本東洋医学会認定漢方専門医」などと言う「なんちゃって漢方医」はこう言うことが出来ません。そもそも傷寒論のような古典を読んでいませんからね、ああいう専門医は。

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