ブログ

  • 投稿日時:2023/11/13

    多くの開業医は勉強熱心だから企業が協賛する勉強会にせっせと通いますが、私は横着なので暇な時に英論文を読んですませます。このJAMA(アメリカ医学会雑誌)に最近載った論文には開業医である私が驚くようなことが書かれていました。代表的な胃酸を抑える薬の一つランソプラゾール(商品名タケプロン)を飲んでいる人にセフトリアキソンという抗生剤を注射すると、心停止や死亡が増えるというのです。

     


    ランソプラゾール、商品名タケプロンは胃潰瘍、逆流性食道炎などによく用いられる胃酸を抑える薬です。極めてたくさん処方されていますし私も時々使います。胃酸を抑える薬であるPPIはたくさんありますが、ランソプラゾールはPPIの中でも特に一般的に使われる薬の一つです。皆さんや皆さんのご家族でも飲まれている方は多いと思います。
    ところがこの論文によると、セフトリアキソン(商品名ロセフィン)という抗生物質の注射をPPIを飲んでいる人に使った場合、ランソプラゾールを飲んでいると心室性不整脈や心停止、入院中の死亡のリスクが他のPPIを飲んでいる人より明らかに高いというのです。

     


    困りました。


    セフトリアキソン(商品名ロセフィン)という抗生物質の注射薬は、注射が一日一回で良いという利点があります。だから入院患者にも使われますが、当院(あゆみ野クリニック)のような外来しか無いクリニックで非常に重宝する抗生剤の注射です。だって外来患者に「朝夕二回毎日注射しに来い」ってなかなか言えないです。ですから腎盂腎炎(腎臓にばい菌が入る)、蜂窩織炎(皮膚の裏側にばい菌が拡がる)といった病気には、セフトリアキソン1日1回注射7日間、という治療をします。毎日通うのはそれなりに面倒かも知れませんが、それでも一日一回来るだけならわざわざ入院するよりは楽だしお金も安くてすみます。当院は発熱外来をやっているので、腎盂腎炎や蜂窩織炎の患者さんは時々いらっしゃいます。特に女性は腎盂腎炎になりやすい。


    しかしこういう結果が出てしまうと、ランソプラゾール(タケプロン)を飲んでいる人が腎盂腎炎などになってもセフトリアキソンは使いにくい、と言うことになってしまいます。腎盂腎炎を治療しようとしたら心停止した、と言うのはシャレになりません。


    ではどちらを換えるべきでしょうか。私はランソプラゾール(タケプロン)を別のPPIに替えて貰った方が良いと思います。何故なら胃酸を抑えるPPIはランソプラゾール以外にもたくさんあります。他を選んだら良いのです。それに対して、腎盂腎炎になった、蜂窩織炎になったという時、セフトリアキソンの注射が使えないとなれば、「病院紹介しますから入院してください」という話になります。外来で一日一回注射で治療出来る抗生物質って、他に無いからです。ランソプラゾール(タケプロン)を飲んでいる人は、主治医に相談して他のPPIに替えて貰ってください。PPIは他にいくらでもありますが、セフトリアキソンの代わりになる抗生剤はなかなか無いですから。


    なお冒頭に「多くの開業医は勉強熱心だから云々」と書いたのは軽い皮肉です。製薬会社が協賛する勉強会で、こういう胃薬と抗生物質を併用すると死ぬ場合があるなんて情報を仕入れるのは不可能です。製薬会社に都合が悪い情報はそういう所では講演出来ません。JAMAは世界三大医学ジャーナルの一つです。開業医だろうがなんだろうが、本当はこういう論文に目を通して輪唱するべきなんです。だってこれ、実際開業医の臨床にまさに関わる情報ですから。

  • 投稿日時:2023/11/11
    75歳以上の後期高齢者の経口薬、つまり飲み薬は5種類までにしろ、と言うのは日本老年医学会が口を酸っぱくして言ってる話です。この年齢の人たちでは6個以上薬を飲むと副作用リスクが5個以下より10%上がります。要するに一つ一つの薬のメリットの総和より「6個以上の薬を飲んでいるデメリット」が上回るんです。

    だから私はあゆみ野クリニックに受診する75歳以上の方のお薬手帳は必ず見ます。6個以上出ていたら「何か要らないものは無いかなあ」と考えます。でも例え私が「これは要らない」と思っても、それは他所の先生が出している薬ですから、私があっさり「これ止めましょう」とはなかなか言えません・・・例外はあるんですが。患者さんやご家族に「この年齢では薬はなるべく減らした方が良いから、この薬を止められないかどうか、出した先生に相談してみて」と言います。
    しかし75歳以上、特に80歳以上の患者が10個以上薬を飲んでいるという時は、そういう遠慮はかなぐり捨てます。75歳以上の人が10個以上薬を飲んでいたら、それは問答無用に「ダメ」なんです。75歳過ぎた人に薬が10個以上出ているけどその処方は妥当だ、なんてことは絶対無いです。だからそう言う人の処方はお薬手帳で一つ一つ吟味して、これ止めましょう、これも要りませんね、と勝手にやってしまうことがあります。もちろんその時は、「これは老年内科の私の出番です」と言います。全責任は私が負いますってことです。

    一人の患者に10個以上飲み薬が出ている時は、必ず複数の医者が薬を出してます。胃腸科と内科と整形と泌尿器科、みたいな。その医者がみんな集まって相談して薬を整理出来れば良いですけど、現実的にはそれって無理です。関わっている医者はみんな「この歳でこんなに飲んだらやばいんじゃね」?と思ってますけど「自分の薬は切れない」訳です。そうなったら、老年科医の出番だというわけです。

    とは言え「お前何で俺が出してる薬切るんだ、ちゃんと理由があって出してるんだ!」って話になります。だから高齢者の薬を整理する時の大原則というものがあります。

    後期高齢者、特に80以上の方は「今だけ」治療するのです。今本人が困っていることにだけ対応します。眠れないとか、ご飯食べると胃がもたれるとか、あちこち痛いとか、便秘だとか、高齢者にありがちなあれこれです。これで軽く5個行っちゃいます。だから「将来の危険を減らす治療」は後回しになります。
    「将来の危険を減らす治療」の代表は高血圧、糖尿病、高脂血症です。なんで血圧下げるんですか、血糖下げるんですか、コレステロール下げるんですかというと、「将来心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化による病気になる危険を減らすため」です。それは勿論大事です。しかし80以上の人にとって40代の人と同じようにそれが大事かというと、そうではないです。

    こういう「将来の病気のリスクを減らすための治療」の評価の一つにNNT(Number needed to treat)と言うのがあります。例えばですね。「高血圧は心筋梗塞を起こすというのなら、何人の高血圧患者を治療したら心筋梗塞が一人減るか」を覧るのです。つまり「どれぐらい効率がいい治療か」という数字です。NNTは少ないほど効率が良いということになります。

    高血圧治療の心筋梗塞や狭心症に対するNNTは、血圧が高いだけで他はなんでも無い人が71、最悪にやばい人で26です。つまり「血圧が高いと言うだけで他になんともない人71人の血圧を治療するとそのうちの一人を心筋梗塞から救える、色々病気のデパートで最高にやばい26人の高血圧を治療するとその内一人は心筋梗塞にならずにすむ」ということです。なおこの文章は一般の方向けですので面倒な英語の引用文献とかは出しませんが、書いてる私はきちんと信頼出来る文献を見て書いています。

    一番効率が良いのは糖尿病の治療です。糖尿病の飲み薬の代表はメトホルミンですが、メトホルミンのNNTは10です。つまり糖尿病患者10人をメトホルミンで治療すると、一人が心筋梗塞にならずにすみます。メトホルミンによる糖尿病治療がこれほど効率的だというのは、それだけ糖尿病ってやばいということです。高血圧も糖尿病も心筋梗塞に繋がりますが、糖尿病の方がずっとやばいから、糖尿病治療した方が効率よく心筋梗塞を減らせるのです。

    それに対してコレステロールの治療はずっと効率が悪いです。コレステロールを下げる薬は色々ありますが、ざっくり「スタチン」と呼ばれます。何とかスタチン、かんとかスタチンと色々商品はあるけど、みんなスタチンなんです。それで、スタチン類でコレステロール、特に悪玉と言われるLDLコレステロールを下げる治療のNNTはというと、これが研究によって98から1938までものすごいばらつきがありますが、平均すると概ね400。コレステロールが高い人400人を治療してやっと一人を心筋梗塞から救えます。効率が悪いのです。なお心筋梗塞など冠動脈疾患を一度でも起こした人のコレステロールを治療した時のNNTは50です。そういう人50人のコレステロールを下げると一人再発を防げるというわけです。まあ血圧治療とだいたい同じぐらいです。

    しかもこれは、全年齢をひっくるめての話です。40歳の人は平均年齢90近くまであと50年生きますから、例え効率が悪くてもコレステロールの治療をしても良いかもしれません。しかし80歳の人は平均寿命まであと10年です。平均寿命まであと10年の人119人のコレステロールを下げて心筋梗塞から助かる人は一人だ、と言うことなら、「6個以上薬を飲むリスク」と比べたら論外、となってしまいます。止めるべきです。

    高血圧、糖尿病はそれなりに上で示した通り意味があるので、止めにくいです。しかし80過ぎの高血圧や糖尿は、もはや「将来のため」の治療ではなくなります。降圧剤止めたら突然血圧がボンと200になって救急車で運ばれる、と言うのは困ります。突然糖尿病の薬止めたらいきなり血糖が300になって意識失う、と言うのも困ります。80過ぎの人の血圧や糖尿の治療は、そういうことにはならないようにやれば良いんです。80歳の人が15年後、つまり95歳になるまでにどれだけ心筋梗塞減るんですか、という話と「80過ぎの人が6個以上薬を飲んだら確実に悪い」というリスクを比べたら、結局薬が多いリスクが上回ります。だからコレステロールの薬はさっさと止めますが、血圧や糖尿病の薬は最低限に減らします。

    認知症の薬というのもターゲットになります。今出ているドネペジル(アリセプト)とかメマンチン(メマリー)とかいう認知症の薬って、そもそも認知症初期にしか意味は無いです。そして初期の認知症って、家族は大抵気がつきません。家族が「うちの親最近おかしい」と言ってあゆみ野クリニックに連れてくる時は、大抵かなり進んでます。その時認知症の薬なんか飲んでも効かないです。ああいうのは御本人が「最近物忘れが」と心配してきて、検査するとなるほど確かに初期の認知症だな、あるいはまだ認知症レベルじゃ無いけど放っておけば認知症になるな、という時に使うんです。明らかに呆けちゃって、むしろ暴言、暴力、暴行、介護への抵抗、徘徊なんて言うのが家族の悩みになってる時に、ドネペジルもメマンチンも無意味です。速効で止めます。特にドネペジルはそういう認知症の人ではかえってそういう精神症状を悪くすることがあるので、問答無用に切ります。

    先ほどの原則「今だけ治療する」に基づくと、80歳以上で認知症と言う人を想定すると「興奮や介護への抵抗、不眠など」を治療する薬、痛み止め、胃薬、便秘薬。これで4つ。付け加えるなら糖尿病の薬を止めるといきなり血糖が300とかになって意識失うかもしれないから糖尿病なら糖尿の薬一つ。高血圧も全部止めるといきなり血圧がボンと200になるとマズいから降圧剤一つだけ。これでどうにか5個か、多くても6個になるわけです。他はどれだけ理由があっても「後期高齢者では6個以上薬を飲むと多剤併用のリスクがここの薬の作用の総和を打ち消す」という原則に照らすと、止めましょう、となるのです。

    もちろんこんなこと書くとありとあらゆる科の先生が怒るんです。夜間頻用でベオーバ出してる、と泌尿器の先生が怒ります。心房細動で血液さらさらの薬を出している、と循環器の先生が怒ります。逆流性食道炎で胃酸を抑える薬を出している、と消化器科の先生が怒ります。骨粗鬆症で治療している、と整形外科の先生が怒ります。みんな怒り出すんです。
    でも一つ一つの薬には確かにそういう効果があるんですが、「後期高齢者では6個以上薬を飲むと多剤併用の害の方が薬の効果の総和を上回る」という現実には敵わないんです。それを思い切ってぶった切れるのは、老年科の医者だけです。その代わり全責任はお前が背負えよ、って話になるんですけど。夜間頻尿が深刻な悩みなら、ベオーバとかベタニス出す代わりに思い切って血圧の薬切ります。たいして飯食って無くて血糖上がりそうに無ければ糖尿の薬を止めます。そうやって、なんとしても内服薬を5個、どんなに多くても6個以内にします。相当な荒技ですが、それでも「多剤併用のリスクよりはマシ」なんです。

    あゆみ野クリニックが老年内科を掲げている理由は、こう言うことです。
  • 投稿日時:2023/11/07

    ダイエットしたいあなたに朗報です。香港から「太極拳はエアロビをするのと同じかそれ以上のダイエット効果がある」という論文がAnnals of Internal Medicineという有名な内科専門誌に出ました

    論文では50歳以上の中心性肥満(腹太り)の人543人を
    1。何もしない群
    2。太極拳をする群
    3。エアロビなどの運動をする群

    にわけ3年間観察したそうです(息の長い研究)。そうしたら、太極拳はエアロビや普通の運動を組み合わせたグループと同じかそれ以上に腹囲が減り、体重も減ったそうです。まあ減ったと言っても何もしない郡に比べて太極拳群では1.8cm減り、エアロビ群での減少は1.3cm(いずれも平均値)ですから「目に見えて痩せた」ってわけではないですが、50歳過ぎの人たちって「目に見えて痩せる」というのはあまり良くないです。こうやって運動しながら「ほどほどに痩せる」のがいいんです。

    当院は漢方内科をやっていますが、よく「痩せる漢方はないですか」というお問合せがあるのですが、そういう方には「薬で痩せようという人で痩せた人はいません」とかなりクールにお答えします。実はある種の糖尿病の薬を飲むと痩せるというので一部のろくでなしの医者が自由診療のオンラインで自費で糖尿病の薬を売ってますが、糖尿病でない人が糖尿病の薬を飲むなんてのは危険この上ない話で、あんな連中は医師免許なんか取り上げたらいいんです。

     

    で、太極拳ですが、あれちょっと見ているとゆっくりして簡単そうに見えるでしょう。実はやってみるとなかなかコツを掴むのが大変です。以前高齢者の転倒予防にあれがいいんじゃないかと思い、太極拳の名人に「塗膜簡単な基本動作」を教えてもらったことがあるんですが、なかなかコツが掴めず四苦八苦しました。慣れてしまえばそうでもないのでしょうが、「一番簡単な動作」を覚えるのに30分以上かかり、かなり汗ばみました。あれずっと続けたら、確かにいい運動にはなるはずです。実際痩せたというのもうなづけます。

     

    もっともその太極拳の名人によると、「太極拳の名人ってみんな痩せてないよ」だそうです。お姿を画像で拝見しましたが、確かに名人って皆さん「固太り」な体型をしている方が多いようです。つまり筋肉や骨がしっかりしている上に適度に脂がついている体型です。でもあれって高齢者にとっては良い体型です。単なるブヨブヨはダメなんですけど、筋肉や骨格の基本がしっかりしている上にある程度「もしもの時の予備エネエルギー」として脂が乗っているというのは、高齢者の体型としては非常に良い、とも言えます。

     

    というわけで、皆さんもどうですか、太極拳。

  • 投稿日時:2023/11/06
    あゆみ野クリニックには心療内科と漢方内科があります。実は漢方内科とは名乗っているのですが、私が一番しっかり勉強したのは中医学です。中医学というのは中国の色々な伝統医学の流派の巨頭を中国政府が南京に集め、何日も侃々諤々(かんかんがくがく)議論させて雑多だった中国の伝統医学をどうにか体系化したものです。

    何故中国政府がこんなことをやったのかというと、今の中華人民共和国が出来た時医者が圧倒的に不足していた。西洋医は元々少なかったのですが、その上医者みたいなインテリは共産党支配を嫌って逃げちゃったんです。それで、西洋医だけで民衆を診療するのは到底無理だから、伝統医学の力も借りよう。しかし伝統医学はあまりに雑多で、これでは系統的に学校で教えて伝統医学の医者を教育するということが出来ない。だから大学の教育手順に載るように、どうにかして中国伝統医学を体系化しようということでした。

    みんな一言居士の筈の伝統医学の大家を集めてどう意見を集約したものか分かりませんが、ともかく体系化したんです。
    基本に据えられたのは黄帝内経(こうていだいけい)です。いろんな流派がいろんなことを言うのですが、何か土台になるテキストが無いと話が纏まりません。それで、どの流派も納得出来るたたき台として黄帝内経が選ばれました。
    黄帝内経は中国の戦国時代、色々な人が書いた医学論文を漢代に纏めたものです。元々色々な人が書いたものを集めているんですから、突っ込むと結構矛盾が出ます。

    しかし今に伝わる黄帝内経の内容は、おそらく漢代に纏められたものではないはずです。漢代の書(と言うかあの時代はまだ木簡とか竹簡)なんか、あっという間に散逸してしまいます。それで、宋政府が纏め直したのです。
    宋という国は何回か書きましたが、軍事的にはあんまり強くありませんでした。北の遼や金にやられてばかりいました。しかし文明大国だったのです。医学領域でも、たくさんの散逸した古典をどこからとも知れず探し出してきて復刻したのです。

    復刻したと書きましたが、何しろ散逸してしまっているのです。あっちこっちに断片は残っていましたが、それを繋いだところで元の本が出来る状態では無かったでしょう。要するに私が何を言いたいかというと、結局宋は古典を復刻したと言っていますが、実際は新しく宋代の医学を作ったんです。名前は古代のいかめしい本の名前そのままですが、内容は一新したはずです。

    それで、実はここまでが前振りで、ここから本題です。

    中医学では五臓六腑という概念があります。五臓というのは心肝脾肺腎ですが、西洋医学の同じ名前の臓器とは意味が大きく違います。今日私がここで書きたいのは心と肝と脾です。

    心は血を循環させると言います。それだったら西洋医学の心臓と同じです。しかし同時に心は意識覚醒を掌るというのです。さらに、意識が覚醒していればこそ出来る認知判断も掌るとなっています。
    昔の中国人も何回か解剖をしていますが、どうも脳がよく分からなかったらしいのです。脳は奇恒の腑の一つとされ、さっぱり分からない説明が付いています。元々脳が何してるんだかさっぱり分からなかった人がこじつけた説明なので、あれは重要では無いです。

    それで、心は意識覚醒と認知判断をやると書きましたが、心がやる認知判断は割と浅いというか、単純なのです。日常的なあれこれを認知判断します。それに対し、脾は思惟を掌るというのです。思惟というのは、心がやる日常的な認知判断より深い思考や思いです。深く人生を考えるとか、自分のクリニックをどう経営していったら良いだろうとか言う、難しくて複雑な思考が思惟です。これを脾臓がやってるというのです。

    脾臓の基本的な仕事は実は消化吸収です。口から肛門までの胃とか腸で行われる消化吸収機能を全体としてコントロールするのが脾なんです。消化吸収機能と深い思考は関係するというのは面白い視点です。要するに腹が減ったって目が覚めてれば日常的な簡単な判断は出来ますが、腹が減った状態で人生や経営は考えられないというわけです。

    肝というのはですね、私が書いた「高齢者のための漢方診療」には「感情と自律神経系の中枢」と書きましたが、中医学の流れの中できちんと説明すると五臓六腑全体が上手く廻るように調節する働きです。その「調節する」の意味を取って「自律神経系」と説明したのですが、本当は自律神経だけでは無いです。

    五臓六腑の調子が狂う最大の要因はストレスです。ストレスが掛かるとそのストレスで五臓六腑の調子が狂わないように、肝が頑張ります。ところがそれでもストレスが掛かり続けると、肝が参ってしまいます。肝の調節機能が失われた状態が肝鬱(かんうつ)です。肝鬱になると五臓全体の調子が狂います。心臓はイライラしたり、逆に意識覚醒が鈍ってどよんとしたりします。意識覚醒の調節が利きないのですから不眠にもなります。

    脾臓も上手く働きません。ストレスが掛かると必ず食欲が狂います。たいていの人は食欲が落ちますが、中には過食になる人もいます。そしてそういう状態では、脾が深く思惟を巡らせるなんてことは出来ません。
    肝鬱の代表役の一つが抑肝散です。ストレスが掛かりすぎて肝の調整機能が落ちたのを回復させるというのです。何故「抑」かというと、肝鬱になると感情が暴走するからです。イライラカッカします。だから肝鬱を抑制させる、抑肝散というのです。

    帰脾湯(きひとう)というのもよく使います。帰脾湯というのはまさに脾に働きます。ストレスが掛かり、肝の調整機能が失われ、その結果脾臓の消化吸収機能も乱れ、ものをしっかり深く考え、判断することが出来ない状態を回復させるというのです。もっとも私はその帰脾湯をベースにした加味帰脾湯(かみきひとう)の方をよく使います。加味帰脾湯は帰脾湯にイライラカッカを静める柴胡(さいこ)、山梔子(さんしし)という二つの生薬を足しています。つまり傷ついた脾臓を優しく癒やしてくれる帰脾湯に、イライラを静める生薬を二つ足してるんです。これって、ストレスを山のように抱えてどうにもならなくなってやってくる心療内科の患者さんにぴったりです。

    面白いことに、石巻で当院より古く昔から心療内科をおやりになっている「いとう心療クリニック」の伊藤先生もよく帰脾湯や加味帰脾湯を出されます。たまたま伊藤先生の所から当院に移ってこられる方とか、以前伊藤先生に掛かっていて調子が良くなったので通わなくなったけれども、最近また調子が悪くなったが伊藤先生の予約は一杯でなかなか取れないと言って当院に来られる方のお薬手帳を見ると、伊藤先生はよく帰脾湯や加味帰脾湯を出されています。

    私は伊藤先生にまだ面識がないのですが、心療内科では伊藤先生の方がずっとご専門です。伊藤先生は心療内科をやる中で漢方を覚えられたのだろうと思います(推測)。私は逆に、漢方や中医学をやる中で、漢方内科に見える患者さんに圧倒的に心身症の方が多いので心療内科もやるようになりました。伊藤先生と私が別に相談したわけでも無いのにどちらも好んで使う処方が帰脾湯や加味帰脾湯。面白いものです。

    というわけで、あゆみ野クリニックには漢方内科と心療内科があると言いますが、この二つは要するにほとんどごちゃごちゃで一緒なんです。
  • 投稿日時:2023/10/31

    採血したけど結果を患者さんが聞きに来ないまま溜まっている検査結果がこんなにありますと渡され、おったまげました。数は数えてないけど、ざっと百数十枚ある。びっくりして昼休みに一枚一枚見て行ったんです。

     

     

    まず発熱外来関係のものがおおよそ50枚。これは問題ないです。発熱外来やっていると時々コロナやインフルエンザではない炎症の人が混じってきます。肺炎とか腎盂腎炎とか。こういう人は治療に急を要するから、検査結果は至急ファックスとか検査会社からの直接オンラインで見て患者さんに話しているので、正式な報告書が後から来ただけなので、もういらないものです。

     

     

    50枚くらい、異常値が出ているのに患者さんが結果を聞きに来ていないというものがあって、これは明日から時間を見て順々にカルテと照らし合わせてどういう人でなぜその検査をしてその後どうなっているのか本人に確認しようと思います。

     

     

    残り数十枚が主に血圧の初診でした。

     

    4、50代以下の人が健診などで高血圧を指摘され、初診で来たときは、まず血圧手帳を渡します。朝晩の血圧を家で測って、7日分ぐらいつけてきてくださいと言います。一方でそのぐらいまでの年代で初めて高血圧で受診したという人には、色々な検査が必要になります。

     

     

    「血圧が高い」という人の9割は「本態性高血圧」、つまり年齢とともにだんだん血圧が上がるので、私もその一人なんでですが降圧剤で治療します。しかし1割はなんらかのホルモン異常があるのです。甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン、腎臓のホルモンなどの異常で血圧が上がっている人が約1割います。ですから初めて「血圧が高い」と言って受診した人は、必ずこれらのホルモンの採血が必要です。1割って、そんなに稀じゃないですから。

     

     

    しかしどうもスタッフによると「血圧が高いと言われてきただけなのにこんなにたくさん検査された」と窓口のお会計で不満を漏らす方がかなりいるんだそうです。もちろん採血する時はなぜそういう項目を採血するのか説明しているのですが、結局会計の時になって「高い」という話になるようです。

     

     

    初診で今まで治療を受けていない血圧患者についてそうしたホルモン関係の採血をするというのは、どこの町医者でも知っています。だって初期研修医のマニュアル本に書いてある程度の知識ですから。でも患者さんからすると、「ただ健診で血圧のことを言われたからきただけなのになんでこんなたくさん検査してこんなに金取るんだ」って話になるようです。

     

     

    邪推かもしれませんが、同じ検査を市立病院や日赤がやっても、多分文句は出ないんでしょう。健診で言われてうるさいから町医者にかかっただけなのに、ぼったくりやがった、ということじゃないかと思います。

     

     

    確かに、「血圧が高い」と言ってきた患者に黙ってポンと降圧剤を出す医者って、います。でもそれって、実は患者が医者に舐められている、あるいは匙を投げられてるんです。おそらくそういう先生は、今回私が気が付いたようなことを散々経験したんでしょう。そして「どうせこういう検査すると患者来なくなるから」と言って検査しなくなったんだと思います。一回検査して入るお金より、ともかく患者捕まえてずっと通ってくれた方が、経営上は得ですから。

     

     

    どうするか考えて、これからはいくつか検査コースを作って料金メニューを出そうか、という話を今しています。全体としてこれだけ検査が必要ですが、今日一回にやるとおいくら、これとこれの2回に分けるとそれぞれおいくらみたいな。でも「検査は困る、薬だけくれ」というのは当院としては無理です。だってそういう人に限って後から「甲状腺機能亢進症だった」となったときに、ころっと態度変えるんですから。
     

  • 投稿日時:2023/10/27

    あゆみ野クリニックには老年内科があります。石巻周辺で老年内科を標榜しているのは多分当院だけです。高齢者、特に後期高齢者ってのは色々成人の治療とは治療の目標とか使うべき薬とかが違いまして、40代50代を治療する感覚で80歳90歳を治療しちゃいけないんです。

     

     

    ただまあそれは置いといて、老年内科ですから当然認知症も診ています。「うちの親が最近どうもおかしい」と言ってご家族が連れてこられます。ただ、そう言う方を診察していつも内心ため息をついてしまうのは、そうして「物忘れが気になる」と言って連れてこられた時点で、ほとんどの方は認知症検査をするとすでにかなり進行した認知症なのです。相当程度進行してからでないとご家族も本人を病院に連れてくるのが難しいのでしょうが、この段階で認知症治療薬などはもう適応にならなくなっています。結局治療より介護保険のレールに乗せて要介護申請してケアマネ決めてもらって、って話になるわけです。もちろんそう言うレールに乗せるのも老年内科のお仕事なんですが。

     

     

    この冬新しくアルツハイマー病の薬が発売されます。レカネマブ(商品名レケンビ)ですが、期待の新薬と噂された割に蓋を開けてみるとバカ高い割に効果は大したことがなくてがっかりしてます。しかしそう言う薬をもし使いたいと思っても、もっとずっと早期のアルツハイマーか、「軽度認知障害」と言って認知症レベルまで落ちてしまう前に使わないと効果が出ません。

     

     

    それでですね。ご家庭でできる簡単な認知症チェック方法をご披露したいと思います。

     

    まず、「りんご、鳩、電車」と言って「くりかえしてください」と言います。これはほぼ全員言えます。ここで一つでも出てこなければ当院に受診してください。「この三つは後で聞きますよ、覚えておいてくださいね」と言ってから、次の暗算をやってもらいます。

     

    100から7を順番に5回引いてもらうのです。つまり、93、86、79、72、65ですが、全部暗算できる人はむしろ稀です。79ぐらいまでできたら充分。もし79まで辿り着けなかったら受診させてください。

     

    さて、計算が終わった後「ではさっきの三つの言葉は何でしたか」と聞きます。正常なら二つは答えられます。二つ答えられなかったら受診させてください。

     

     

    まあざっとこんなところです。本当は本人が物忘れを心配して来院していただくのが一番なのですが、ご本人はなかなか自分で来ようとはしないんです。ご家族で心配な方がいたらやってみてください。


    https://www.ayumino-clinic.com/

  • 投稿日時:2023/10/14

    治療って、まず診断して、薬を出すのならその薬の効果と副作用を考えて、こういう診断ならこの薬を出そう、と考えます。それって当たり前の話で、どこの医者もそうやってるはずですが、なぜか漢方薬だけは診断できなくても患者に出せると思い込まれている節があります。

     

     

    ある中年女性が、下痢が止まらないと言って受診してきました。胃腸科で検査されて異常はなく、いわゆる「過敏性腸症候群」だろうと言われ、ツムラの「桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)を出されたが良くならないというのです。もちろん普通の下痢止めも出されています。

     

     

    私はその人を漢方のやり方で診察し、「脾腎両虚、脾の裏寒」と診断しました。これは漢方の診断です。そして患者さんに、「あなたの下痢は桂枝加芍薬湯で治ります。ただし一つだけ生薬が足りないのです」と言い、桂枝加芍薬湯にアコニンサン錠というものを合わせて飲んでもらいました。1週間分しか出しませんでしたが、その人は翌週外来に来て、「おかげさまで下痢はすっかり止まりました」というわけです。

     

     

    脾だけが虚していれば桂枝加芍薬湯で良いのですが、脾腎両虚となるとアコニンサン錠、つまり附子を加工したものを足さなければなりません。

     

     

    漢方医学というのは私が医学部の学生だった頃は「医学ではない」とみなされて一切教えられませんでした。今は医学部でほんの数時間漢方の授業がありますが、6年間のうち数時間ですから、それで漢方医学が理解できるはずがありません。ところが今9割以上の医者が漢方薬を処方しています。西洋薬なら西洋医学を1からきちんと順を追って学び、診断学を身につけ、さらに薬理学、つまり薬についての知識も身につけて初めて患者に薬が出せるというのは医者なら皆当然そう考えているはずなのに、漢方薬は漢方医学を知らず、したがって診断もつけられず、一つ一つの漢方薬についての知識も全くないのに患者に処方できると医者が考えているというのは、どうも不思議でなりません。そんなことって、できるわけないのです。

     

     

    漢方医学を知らず、漢方薬の知識もないまま漢方薬を出すと、もちろん効かないのですが、効かないだけでなくとんでもない副作用を起こすことがあります。

     

     

    ある高齢女性は血圧が高く、普通の降圧剤でどうしても下がらないので漢方でどうにかならないかと言って受診されました。前の医者の処方を見ると、葛根湯が一日3回毎日30日分、それがずっと出されています。それで、あなたの血圧が下がらないのはこの葛根湯のせいだから、すぐやめなさいと言いました。その人は慢性の肩こりで葛根湯が出ていたのですが、私は漢方の診断をして、この人は漢方でいう「血於」であると診断し、疎経活血湯を飲んでもらいました。次に受診された時、患者さんの血圧は正常化していました。葛根湯には麻黄という生薬が入っていて、麻黄にはエフェドリンという成分が含まれていますから、葛根湯を毎日毎日朝昼晩飲み続けたら血圧は上がります。そればかりでなく、高齢者なら幻覚を起こすことだってあり得ます。あれは風邪の初期に1日か2日さっと飲むものであって、毎日ずっと飲んじゃダメなんです。

     

     

    診断学も薬理学も知らないのに患者に薬が出せるなんて、あり得ないです。漢方医学を学んだこともなく、葛根湯に麻黄という生薬が含まれているという基礎的な知識もない医者が出す漢方を飲んじゃダメです。危ないんだから、そういうのは。

  • 投稿日時:2023/10/13

    患者さんから許可をいただいたのでプライバシーを伏せて紹介します。


    30代男性、既往歴なし、建設現場作業に従事する人。

    9月8日当院でコロナと診断。発熱など急性期症状の後息苦しさ、食欲不振、痰が絡むという症状が続いた。汁物とカップラーメンぐらいしか食べられず、仕事で高所作業をすると足がふらついた。9月20日これらの症状で当院受診。息苦しさ訴えるも動脈酸素飽和濃度正常、レントゲンで異常なし。中国伝統医学(中医学)で脾虚痰飲(ひきょたんいん)と弁証し補中益気湯と二陳湯を処方したところ、本日(10月13日)来院、すべての症状は消失し、職場復帰したと本人から報告があった。

    実は私もコロナ後遺症と考えられる後鼻漏で悩んでいますが、当院でコロナ後遺症が完治したのはこの方が2例目です。1例目は6ヶ月以上続く激しい空咳で、煎じ薬で五虎湯に麦門冬30gを加えて一回で治りました。しかし残念ながら全く治せない方もかなりおられます、というより私自身の後鼻漏が全然治らないんですけど。


    今の所コロナ後遺症はこうして一例一例を積み重ねていくしかない状況です。

  • 投稿日時:2023/10/06

    これは石巻市内及びその周辺で実際に行われている診療なので、思い当たる人は「ギクっ」としていただければいいのです。風邪にグレースビッドとかメイアクトなどの抗生物質を出している医療機関があります。ある医療機関ではどうやら約束処方に入れているらしく、そこがかかりつけの患者さんのお薬手帳を見せてもらったら風邪を引くたびに毎回グレースビッドが出ていました。


    風邪というものはウィルスによる疾患であって細菌ではないのから抗生物質は不要だという理解が一般にも広まったのはコロナの皮肉な効用です。しかし患者が知識を獲得したのに医者の方があいも変わらず風邪に抗生物質を出していたのでは、話になりません。


    風邪に抗生物質を出す医療機関がどんな抗生物質を出しているかを見ると、苦笑いを通り越してゾッとすることがあります。


    セフゾン、メイアクト、セフスパン、トミロン、バナン、フロモックスは苦笑い系です。これらはまとめて「第三世代セフェム」と呼ばれるグループの抗生物質ですが、このグループの抗生物質は口から飲んでも吸収されません。ほとんどうんこになって出て行きます。どうせ吸収されないから副作用もないかというと、吸収されなくても腸管細菌叢は壊します。だから下痢はするんです。風邪はウィルス性疾患ですから抗生物質は一切不要なんですが、下痢は起きます。苦笑いするしかない系統です。


    もっとも第三世代セフェムの注射剤である「セフトリアキソン(ロセフィン)」は大事な薬です。腎盂腎炎をクリニックで治療するときはこの注射を約1週間1日一回注射します。外来で朝夕2回通ってもらうのは無理なので、「1日一回」というのは重宝します。飲み薬は無意味ですが注射は大事、というのが「第三世代セフェム」です。


    苦笑いを通り越し背筋が寒くなるのがクラビット、グレースビッドなど「ニューキノロン」系の抗生物質です。ニューキノロン系の抗生物質は、めちゃくちゃ色々な微生物をやっつけます。「皆殺し」系です。しかし「何でも効くんならいいじゃないか」では無いです。いくら色々なものをやっつけるといっても要するに抗生物質ですから、ウィルスには効果がありません。風邪に出すのは無意味です。しかしそれで私の背筋が寒くなるわけでは無いのです。


    クラビットやグレースビッドは結核菌にも効くのです。これがまずいのです。なぜならこれらの薬は結核菌を若干弱らせますが、完全に叩くわけじゃありません。中途半端に効くのです。最近日本では高齢者を中心に結核が増加傾向にあります。発熱、咳などを呈する患者に「風邪」と誤診してクラビットやグレースビッドを出すと、それが本当は結核であったとしても中途半端に良くなります。よくなった、治ったと勘違いしたら大変です。完全に治す力はないからです。要するにこういう抗生物質を風邪に出していると、結核を見逃します。

     

    またこれらニューキノロンはやたら色々な細菌に効きますので、こういう治療を繰り返していると「多剤耐性菌」が出てきます。細菌が突然変異を繰り返して抗生物質が効かない菌になるのです。ニューキノロンがたくさんの細菌に効くだけに、ニューキノロンによる多剤耐性菌は無敵の菌になります。どんな抗生剤もへっちゃらだぜ、という細菌ができるのです。ニューキノロンは抗生物質の専門家でない限り、使うべきではありません。


    先日当院で肺炎と診断し、「軽症ですから入院ベッドがなければ当院で診ますよ」」と紹介状に書いて日赤に送った患者さん、ご家族に「どうなりました」と電話したら「抗生物質を出されて返されました」とのことです。サワシリンかアモキシシリンのどちらかとオーグメンチンが出ましたね、と言ったら「その通りです」というので、「ではそれで結構です。1週間後に来てください」、と言いました。普通に社会で暮らしている方がかかる肺炎はほとんど肺炎双球菌によるものなので、この二つのペニシリンで良いのです。なぜペニシリンを二種類合わせるかというのは専門的な話なので省略します。膀胱炎ならケフレックスかバクタです。膀胱炎は大腸菌と相場が決まっていますから。


    風邪に闇雲にグレースビッド出しても医者は儲かるし、こうしてきちんと使い分けても一文にもならないのですが、本音を言うとこう言う「まともな診療」を医療報酬で評価してくれたらいいのに、とは思います。 

  • 投稿日時:2023/10/04

    今日、ある障害を持つ方のご家族から当院受診のご依頼がありましたがお断りせざるを得ませんでした。

     

    「障がい者も認知症の高齢者も精神疾患患者もなるべく在宅で、地域で」というスローガンは聞こえがいいですが、それではそういう人が家で暮らせ、地域で生活できるような社会の仕組みがあるんですか、と思います。私は老年内科として認知症も見ているし、仙台西多賀病院で重症心身障害者病棟の主治医も3年やったし、名取熊の堂病院という精神病院の副院長もしましたが、その中でどうにかこうにか在宅の仕組みが整えられているのは認知症高齢者だけです。それもかなり不十分ですが。

    精神疾患の方や重度心身障害、発達障害の方が家で暮らそうとしたら、結局家族にものすごい負担がかかります。お金の問題はもちろんですが、障がい者病棟や精神病院はそういう人を1箇所に集め、そこに様々な専門家を取り揃えているからこそそういう人を見ていけるのです。ああいう人たちが家庭や地域で暮らしていけるだけの仕組みなんか、何もないじゃないですか。

    実際そういう人を知らずに理想論を振り回すのは正直やめてくれ、と思います。単に親切にするとか理解を示すとかいう話じゃないんですから、ああいう人に対応するということは。ご家族も最初はどうにかして家で見たいとおっしゃいますが、結局ご家族も年をとります。そうすると、どうすることもできなくなるんです。私はそういう現実を見てきているので、「社会投資もせず、何も仕組みも作らずに理想論を振り回すのは、結局国や自治体がそういう人にお金をかけたくないだけだろ」と思っています。「住みなれた家で」という裏には「家族に押し付けてて仕舞えばいい」という本音が隠されているように思えます。

    理想論って、裏があるんです。

PAGE TOP